私の幸せ、もうあなたと割り勘しません第2話
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65980円。
陸は迷うそぶりも見せずに決済を済ませた。パスコードを打ち込む指先には、一切のためらいもなかった。
クーポンが使えるかどうかを確かめる様子すらない。
その手際のよさを眺めたのち、私の視線はテーブルの上の、パサパサになった値引きサンドイッチへと落ちた。
6万円を超えるドライヤーは、まばたきひとつせずに買ってやるというのに。私の救急外来の2930円は、1円単位まできっちり半分に分けるのだ。
「……知佳さん、誕生日なの?」
私はさらりと尋ねてみた。
「ああ、来週」
彼は顔も上げない。
「そんなに高いものを贈って、彼女にも割り勘してもらうつもり?」
キーボードを叩く陸の手が止まった。
顔を上げたその目には、見慣れた苛立ちがにじんでいる。
「なんだ、また揉めたいのか?」
「あなたの言う『公平』の基準が気になっただけよ」
「あいつは妹みたいなもんだろ。兄貴分が誕生日プレゼントくらい贈って何が悪いんだよ」
彼は眉をひそめた。話を遮られたのが、よほど気に入らなかったらしい。
「妹相手にそんなムキになるなよ。
俺たちが割り勘なのは、対等な大人同士だからだ。俺はお前の自立を尊重してるんだよ」
私の自立を尊重してる。
7年間、彼はその言葉を一片の迷いもなく口にし続けてきた。
昔の私はそれを信じていた。考え方が進んでいて、古い価値観に縛られず、女性を男の付属品のように扱わない人なのだ、と。
今となってはただ、胸の奥から吐き気がこみ上げてくるだけだった。
「わかった。別にムキになってないけど」
私はスマホをしまった。
「じゃあ誰に向かって、そんなふてくされた顔してんだよ」
「……まだ少し、胃の調子がよくないの。先に寝るね」
返事を待たずに背を向け、寝室へ戻る。
ドアを閉め、ベッドの下からスーツケースを引っ張り出して、クローゼットの整理を始めた。
私の服は少ない。
普段より少しでも大きな出費があると、月末には決まって陸の表で赤く表示され、「もう少し節約しろ」と釘を刺されるからだ。
けれど、私は知っている。彼が知佳に贈ってきたブランドバッグや化粧品は、どの表にも一度だって記録されたことがないということを。
ドアの向こうから、陸の声が聞こえた。
「凪、明日は休みだし、ウェディングドレスの手付金を払いに行こう。
全部で16万だから、そっちは8万用意しといて。忘れんなよ」
私は最後のコートを畳み終え、折り目を手のひらでそっとならした。
「明日は用事があるの。あなたひとりで出かけて」
「手付金を払うんだから、お前もいなきゃダメだろ。あとになって『選んだデザインが気に入らない』とか言われても困るし」
「大丈夫、あなたに任せるわ」
「お前さー、今日いったいどうしたんだよ」
陸が寝室のドアを開けたとき、私はちょうどスーツケースをベッドの下へ押し戻したところだった。
彼はドア枠にもたれかかり、半分近くが空いたクローゼットへ目を走らせた。
「なんで服なんか片づけてんの?」
「季節外れで着ない服を寄付しようと思って」
私はとっさに嘘をついた。
彼は疑いもしなかった。彼の中では、私が彼のもとを離れるなど、ありえないことなのだから。
「あっ、そうだ。明日のドレスの試着、知佳も来るって」
彼はこちらへ歩み寄り、引き出しからパジャマを探し始めた。
「知佳さんが何しに?」
「お前のドレス選びを手伝いたいんだってさ。ついでにブライズメイドのドレスも見るって」
陸は、さも当然のように言った。
私はその背中を見つめた。
「……ブライズメイドのドレス代は、誰が払うの?」
彼の手がぴたりと止まり、こちらを振り返る。
「数千円のもんだろ。ついでに俺が払っとけばいい。そんなことまでいちいち計算すんのか?」
「『身内でもお金はきっちり分けろ』って言ってたのは、あなたでしょ」
「凪、こんな細かいことでいちいち嫌味を言わなきゃ気が済まないのか?」
彼は明らかに苛立っていた。
「知佳は俺たちのために来てくれるんだぞ。もう少し広い心で見られないのかよ」
「十分広い心で見てるわよ」
私は一歩後ずさった。
「だから明日は、ふたりで選んできて」
翌日の午前中、私はひとりで家を出た。
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