私との休暇に、秘書を優先する夫なんか捨ててやる第3話
この話は約1420字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「睦月のデスクに書類がある。至急クライアントに届けてくれ。向こうが急いでるらしいんだ」
周囲が水を打ったように静まり返り、やがてひそひそと笑い声が聞こえ始めた。
私はスマホを握りしめる。湊がもう私のことをどうとも想っていないことは分かっていたが、それでも胸が痛んだ。
少し前、睦月のために、湊はわざと彼女を私と同じ役職に昇進させた。表向きはお互い協力できるようにと言うが、実際は睦月の雑用まで全部私に押し付けることが目的だった。
私が会社を辞めるという情報は、もう湊の耳にも入っているはずなのに、彼はまだ私を睦月のパシリのように使う。
私は鼻で笑った。この理不尽な関係を維持するために、私は自分を犠牲にするつもりはない。「他人の仕事を、どうして私がやらなきゃいけないの?」
突然の問いかけに、湊は言葉を詰まらせた。
しかし、彼が反論してくる隙を与えず、私は畳み掛ける。「それに、私は忙しいの。自分のことは自分でやってくれる?」
そう言って私は電話を切り、スマホを人事担当に返した。
呆気に取られている社員の視線を背中に受けながら、私は毅然と会社を後にした。
会社を出て少し歩き、8年間通ったビルを最後に振り返る。
窓越しに見えたのは、私がプレゼントした胡蝶蘭の枯れ果てた姿と、隣で元気に伸びている睦月が贈った観葉植物の対比だった。
私は小さく笑うと、ある番号に発信した。
「前に誘っていただいたプロジェクトのことなのですが……
ぜひ、参加させてください」
……
湊と私はお見合い結婚だった。互いに好印象で、会って2ヶ月後にはもう籍を入れていた。
結婚してすぐ、湊の起業プランを聞いたのだが、私はその可能性を信じ、もともと勤めていたかなり給料の良かった仕事をやめ、持っていた全財産と技術を捧げて湊の会社を支えたのだ。
少しでも彼を楽にしてあげたくて、自分の給料は最低限に抑えていた。会社が上場を控えるまで大きくなっても、給料はわずか2万円しか上げなかった。
他社からヘッドハンティングもあった。湊の会社の給料より5倍も良い条件だったけれど、全部断った。
会社を我が子のように思っていたからだけではない。起業して一番辛かった頃、私は大きな病気をしてしまった。その時の湊は、入院費を工面するために必死に頭を下げて回り、医師にすら土下座して懇願してくれたのだった。
だから、「俺たちは夫婦で、運命共同体なんだ」という湊の言葉を信じて、疑いもしなかった。
しかし、睦月が現れてから、全てが壊れていった。
湊は社員の前で私に恥をかかせるようになったし、二人で食事に行っても、以前は一切そんなことはなかったのに、急に「割り勘」と言いだしたのだ。
最近、10年乗っていた車が故障した時、修理代が足りなかったので、私は二人の共有口座から2万円だけ借りた。
すると、それを知った湊はひどく怒り、嫌味を言うだけでなく、私の同意もなしに口座の暗証番号を変えてしまった。
「瑠衣、お前の金だって入ってるのは知ってるけど、俺たちはまだ生活を始めたばかりで、これから先のことだって考えないといけない。なのに、お前はずっとこうやって貯金に手をつけるつもりなのか?
なんだか最近、お前は変わったな。俺は、もっと野心に溢れてキラキラしていた昔のお前が好きだったのに」
そうやって湊に振り回されてきたが、彼が睦月の誕生日に高級車を贈っていたことを知って心底呆れた。理由を聞いても「あれは功績に対する報酬だ」と、強引に突き通すのだった。
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