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私が死んだ日、夫は初恋を手にかけた第2話

この話は約2190字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

メッセージとテーブルにある書類を目にした私は、すべてを悟った。

――結局、全部、私の独りよがりだったのだ。

和哉が愛していたのは、最初から私ではない。幼い頃から心の奥に住み続けていた、幼なじみであり、忘れられない女性――愛莉だった。

和哉が口にする「愛ちゃん」も、私の名前から取った呼び方ではなく、愛莉の愛称だったのだ。

そういえば和哉は、何度も言っていた。私の目は愛莉に似ていると。

そして、私の目元に何度も口づけては、優しい声で「愛ちゃん」と呼んだ。

あれは私を愛していたからではない。私の中に愛莉の面影を重ねていたにすぎなかった。

私は、ただの身代わりだった。

思えば、初めて彼の絵を見たときから、細かな違和感には気づいていた。

『最愛』シリーズは、私のために描かれたものだと思っていたが、違った。

私は3年も和哉を追いかけ続けて、ようやく彼に受け入れてもらった。それも、私が一方的に想いを注ぎ続けた末のこと。

そんなふうにして手に入れた関係を、和哉にとっての「最愛」だと思うほうが、どうかしていた。

絵の中の少女も、私に似ていたのは目元だけだった。

それ以外は――最初から、愛莉を描いたものだったのだ。

紫色も、愛莉が一番好きな色。

そして、背景に咲き誇っているバイオレット。

花言葉は、「永遠の愛」。

和哉は、絵を通して愛莉に想いを伝えていたのだ。

私のために描いたのだと思っていた『最愛』の絵は、本当はずっと、愛莉だけに捧げられていたものだ。

それなのに私は、恋に目が眩んでいた。絵の隅に「最愛の愛ちゃんへ」と書かれているのを見るたび、そこに込められた想いまで、自分に向けられたものだと信じていた。

10年間、ずっと。

私は、愛してさえいれば、いつか愛されるのだと思っていた。

10年も尽くせば、どんなに冷たい心だって、少しは温まるのかもしれない。

そう思っていたが、違っていた。

不思議なことに、真実を知った瞬間、私は思っていたほど取り乱さなかった。

もしかすると私は、心のどこかでずっと分かっていたのかもしれない。

いつか、こうなる日が来ることを。

私は離婚協議書を手に取り、ざっと目を通した。

和哉は、結婚後に築いた共有財産をすべて放棄するつもりらしい。家も、車も、会社の株も、現金も。

何も持っていかず、絵を売って得たお金と、いくつかの作品だけを手元に残した。

そして、1枚の絵だけは私に残していった。その横には、短いメモが添えられている。

【『最愛』シリーズは、もう描かない。この1枚は君に残す。市場価値は少なくとも6億はある。これは君への償いだ。どうか恨まないでくれ。僕は、どうしても彼女を忘れられないんだ】

私は、思わず笑った。胸の奥から、痛みがじわりと滲み出してくる。気づけば、大粒の涙が次から次へと頬を伝っていた。

絵のタイトルは――『償い』。

和哉は、この1枚の絵で、私を愛さなかったことを「償う」つもりなのだ。

けれど、和哉は知らない。そもそも彼には、画家としての才能なんてなかった。

私が作品を売るための仕組みを作り、宣伝し、世に送り出したからこそ、彼の絵には価値がついた。

私がいなければ――あんなものは、ただの紙切れだ。

私はもう一度、和哉から届いたメッセージを読んだ。

短く、簡潔だった。

そこには、迷いも、ためらいも、別れを惜しむ気配もない。

7年間共に暮らした妻を、和哉は、飲み終えた缶をゴミ箱へ放り込むように、あっさりと手放した。

今まで、和哉は毎日のように、私を「愛ちゃん」と呼んでいた。

本当に愛莉が帰ってきた今、和哉が私に残したのは、離婚を告げる冷たい言葉だけ。

愛莉という「本物」が戻ってきた瞬間、身代わりだった私には、もう何の価値も残っていなかったのだ。

私は離婚協議書を放り出し、一人でダイニングへ向かった。

テーブルの上には、私が手作りしたケーキと、まだ火のついていないキャンドルが並んでいる。

まるで、今の私を笑っているかのようだった。

ふと、自分の手に残る火傷の痕へ目を落とす。私は自嘲するように、かすかに笑った。

お菓子作りを覚えるために、何度も失敗した。熱い天板に触れてしまって、手を火傷したことも一度や二度ではない。

かつては白く滑らかだった手も、今では傷跡が残り、細かな皺が増え、家事に追われて少し荒れている。

和哉は、私の作る料理が好きだった。

だから結婚してから7年間、どれだけ会社の仕事が忙しくても、私は決まって家に帰り、彼のために夕食を作った。

雨の日も、雪の日も。

けれど、和哉は知らない。彼と出会う前の私は、京山市の名家・石川(いしかわ)家のお嬢様だった。幼い頃から何人もの使用人に囲まれて育ち、自分で家事をすることなどほとんどなかった。

ましてや、こんなふうに料理やお菓子作りのために手を傷つける生活なんて、想像したことさえなかった。

私はケーキを一口食べた。甘いはずのクリームが、なぜかひどく苦く感じられた。

――そうだったんだ。

最初から最後まで、私は愛されていると思い込んで、彼に尽くしていただけだった。

そのとき、「コンコン」と玄関のドアが叩かれた。

胸が、どくんと跳ねる。

――和哉が帰ってきたのだろうか。

やっぱり、私を置いていけなかったのだ。

そんな淡い期待が、一瞬だけ胸をよぎった。

けれど、聞こえてきたのは和哉の低く、冷静な声ではない。

苛立ちを隠そうともしない声だった。

「開けてくれ!愛、いるんだろ?」

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