私が早産した日、夫は元カノと海外にいた第1話
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私の名前は白井夏帆(しらい かほ)。娘を産んだとき、夫の白井悠(しらい ゆう)は篠原美里(しのはら みさと)の出張に付き添ってヨーロッパにいた。
悠が帰国したのは、娘が生まれてから五日後のことだった。
悠は保育器から娘の白井安奈(しらい あんな)をそっと抱き上げ、申し訳なさそうに私を見つめた。
それ以来、悠は毎日のように育児について調べ、ベビーシッターを探し、産後の私の回復具合まで細かく気にかけるようになった。
夜中に安奈が目を覚まして泣き出すたび、悠は真っ先に飛び起き、安奈を抱き上げて背中を優しくトントンと叩きながらあやしてくれた。
それなのに私は、次第に悠を避けるようになり、何かと理由をつけて別の寝室に移った。
ある日、親友の鳴海遥(なるみ はるか)が会いに来て、小さな安奈をそっと抱きながら言った。
「あの日は本当に生きた心地がしなかったよ。急に転んで早産になっちゃうし、悠さんに何度電話しても出てくれないし……
でも、悠さんも帰ってきたし、今はいいパパになろうって頑張ってくれてるんだから、よかったよね」
私は安奈の頬を指先でちょんとつついて答えた。
「うん。でもね、私、一人で安奈を育てることになっても、ちゃんとやっていけると思うんだ」
その瞬間、遥は顔色を変え、私の手の甲を軽く叩いた。
顔を上げると、哺乳瓶を手にした悠が、沈んだ表情で部屋の入り口に立っていた。
* * *
悠は唇をきゅっと結び、少し眉を寄せていた。機嫌が悪いときにいつも見せる表情だった。
以前なら、悠の顔色をうかがって、何とか機嫌を直してもらおうとしていた。でも今は、気づかないふりをしてうつむいた。
すると、悠がこちらへ歩み寄ってきた。
「ミルク、作ったよ」
そう言って哺乳瓶に手を当てた。
「うん、ちょうどいいよ」
私は哺乳瓶を受け取り、改まった口調で「ありがとう」と礼を言った。
悠は一瞬、戸惑ったようだった。
「夏帆、俺たち夫婦なんだから、そこまで他人行儀にしなくてもいいだろ」
悠が私と安奈を病院から連れ帰って以来、私はずっとこんなふうに距離を置いていた。
少し間を置いて、悠が言った。
「……もういいよ。二人でゆっくり話してて」
そう言って、悠は背を向けて部屋を出ていった。
私は安奈をあやしながらミルクを飲ませた。少し飲んだところで、安奈は眠そうに目を閉じた。
遥もさっきのやり取りで気まずくなったのか、それ以上は深く聞かず、早まったことはしないようにとだけ言って帰っていった。
そのあと、ベビーシッターが安奈を連れていき、寝かしつけてくれた。
午後、家政婦が軽い食事を用意してくれたとき、悠が私の向かいに座り、突然こんなことを聞いてきた。
「……俺、これでも頑張ってるつもりなんだけど。それでもまだ足りない?」
ヨーロッパから帰ってきてから、悠は確かに安奈の世話もよくしてくれたし、私のことも何かと気にかけてくれていた。
私は首を横に振った。
「ううん、そんなことないよ。十分よくしてくれてる」
「でも、最近ずっと俺のこと避けてるよな」
私は少し気まずくなった。さっきあんなことを言ったうえに、普段からあれだけ悠を避けていたのだから、気づかれても仕方がなかった。
何と言ってごまかそうか迷っていると、悠がまた口を開いた。
「誕生日のこと、わざと忘れたわけじゃないんだ。
それに、安奈のことだって、ちゃんと大切に思ってる」
私はもう、何と返せばいいのかわからなかった。
去年の私の誕生日、悠は仕事の付き合いだと言って出かけ、私は家政婦が用意してくれた夕食を一人で食べた。
その夜、日付が変わる少し前、悠の友人のSNSで美里の誕生日を祝う投稿を見つけた。
写真には悠の後ろ姿も写っていた。
私は思わず、以前見た「YY」というアカウントをもう一度検索した。
案の定、5年間も更新されていなかったそのアカウントに、新しい投稿があった。
【15年続けてきた約束、今年も守れたね。今でも一緒に誕生日を祝ってくれる誰かさん、ありがとう】
気持ちが一気に沈んだ。あの頃の苦しさが、またよみがえってきた。
悠と結婚して間もない頃、知らない相手から何枚ものツーショット写真とSNSのアカウント名が送られてきた。見てみるように言われ、私はそのアカウントを検索した。
そこで、悠と美里の過去を知った。
二人は出会って恋に落ち、何度も別れてはよりを戻し、最後は美里が海外へ渡った。
あれほど好き合っていた二人も、結局は結ばれなかった。まるで切ない青春恋愛小説のような話だった。
私はきっと、その主人公が最後に妥協して結婚した相手なのだろう。
けれど今になって、二人はよりを戻しそうだった。そうなれば、私は二人の邪魔になるだけだ。
それでも、まだどこかで期待を捨てきれず、私は悠に電話をかけた。
電話に出た悠は、「どうかした?」と聞いてきた。
私は言おうかどうかずっと迷っていた言葉を、ようやく口にした。
「今日、私の誕生日なんだけど……まだおめでとうって言ってくれてないよ」
電話の向こうでは誰かがカウントダウンをしていて、かなり騒がしかった。悠には私の声がよく聞こえなかったようだ。
もう一度言おうとしたら、誰かが悠に声をかけた。
「悠さん、もうすぐ0時ですよ!美里さんが待ってますよ。一番におめでとうって言ってあげてくださいね!」
悠はその人に返事をしてから、私に言った。
「今ちょっと用があるから。またあとで話そう」
日付が変わって30分ほど経った頃、ようやく思い出したのか、悠からメッセージが届いた。
【誕生日おめでとう】
目頭がつんと熱くなった。私は泣きそうになるのをこらえながら、返事を打った。
【ありがとう。でも、もういいよ】
それきり悠から返事はなかった。どうしてあのとき、たった一言でも祝ってほしかったのか、悠にはきっとわからなかったのだろう。
私の誕生日はひっそりと終わったのに、美里は盛大に祝ってもらっていた。
そのことを知った悠の祖父が悠を呼び出すと、悠は冷ややかに言った。
「夏帆がまた、何か告げ口でもしたんですか?」
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