和紙文私が一番じゃない恋は、もういらない · 第2話設定≡

私が一番じゃない恋は、もういらない第2話

この話は約1906字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「昨日の夜も言ったでしょ。作れないって」

「毎日作ってるんじゃないのか?」

「今日はもう売り切れたの」

朔の視線が、作業台の端に置かれた紙袋に落ちた。

気づかれたと分かった。あれは私が自分のために残しておいた朝ごはんだ。

彼は迷わず手を伸ばした。

「ここに一つあるじゃないか」

私は彼より先に、紙袋をサッと引き寄せた。

朔はハッとして手を止め、私も一瞬固まってしまう。

以前の私なら、ベーグル1個くらい喜んで譲っていただろう。それに、寧々が夜中に「キャラメルプリンが食べたい」と言えば、わざわざ起きて作ってあげたことだってある。なぜなら、寧々は私の一番の親友だったし、そんなとき朔が決まって言ってくれたからだ。

「やっぱり綾菜は優しいな」

でも、いつからだろう。私が何でも聞き入れるのも、自分のものを譲るのも、自分の予定を彼らのために後回しにするのも……彼らにとっては、すっかり当たり前になっていた。

朔がじっと私を見る。

「たかがパン一つだろ」

私は紙袋を自分のロッカーにしまった。

「だから、よそで買えば?」

彼は少し不機嫌そうに顔をしかめた。

「綾菜、最近いったいどうしたんだよ?」

「別に」

「昨日は急だったんだよ。寧々があんなに痛がって、顔まで真っ青になってるのに、先にお前を送っていくわけにはいかないだろ?」

私は手についたクリームをきれいに拭き取った。

「私を先に送ってなんて言ってない」

「じゃあ、なんでそんな態度なんだよ?」

私は朔を見つめたまま、何も言えなくなった。

彼は、私が家まで送ってもらえなかったから怒っていると思っているのだ。

でも私が本当に悲しかったのは、彼が車を出す時、私に一言の連絡すらくれなかったこと。私から電話をしなければ、彼は私がずっと地下駐車場で待っていたことにさえ気づかなかったかもしれない。

けれど、そんなことを今さら説明する気にはなれなかった。

私は静かに目を伏せた。

「これから病院に行くんじゃないの?早く行ってあげたら?」

朔はしばらくその場に立っていたが、やがて背を向けて出て行った。

10分後、ガラス戸越しに、別の店の袋を提げて通り過ぎる彼が見えた。

ホットミルクにサンドイッチ、それから暇つぶしになるようにと雑誌や漫画まで。まったく……至れり尽くせりだ。

その姿を見て、私は半月ほど前のことを思い出した。あの夜、胃が痛くてソファにうずくまっていた私は、家に胃薬があるか朔に尋ねた。けれど、書斎で図面を直していた朔は振り返りもせず、「救急箱に入ってないか、自分で探してみて」と答えただけだった。

昼休み、同僚の井上美咲(いのうえ みさき)が休憩室でカップ麺を食べていた。

「今日、彼氏さんは仕事終わりまで待っててくれないんですか?」

私は最後のクリームの花を絞りながら答えた。

「忙しいみたい」

美咲は「そうですか」と頷き、少ししてからまた口を開いた。

「そういえば、朝、彼氏さんと一緒にくる髪の長い人って、橘さんのお友達ですよね?最近、あの2人でよくお店に来るんですよ」

絞り袋を持つ私の手がピタリと止まった。

「いつですか?」

「あなたが休みの日ですよ。先週の水曜日と、その前の日曜日も来てましたよ。女の人がコーヒーを買ってる間、橘さんの彼氏さんは隣で待ってて。てっきり同じ職場の人なのかと思ってました」

同じ職場なのは間違いない。

2年前、寧々が前の会社を辞めたとき、朔の勤める設計事務所に紹介したのは私だった。

寧々とは高校時代からの付き合いだ。同じ通りに住んでいて、一緒に授業をサボったことも、夜通し語り合ったこともある。寧々の大学合格発表があった夜には、2人で抱き合って泣いた。

寧々は難関大学に進み、インテリアデザインを学んだ。

一方、成績が平凡だった私は製菓の専門学校へ進み、卒業後は今の店に就職した。

朔は、寧々の大学の同級生で、私が彼と初めて会ったのは、寧々の24歳の誕生日だった。

あの日の帰り、私の原付バイクが道端で故障してしまった。みんなが帰ってしまう中、朔だけが残って、2キロの道のりを一緒に押して歩いてくれたのだ。

道中、朔はほとんど何も話さなかった。ようやく修理屋に着いたときにはもう閉店していて、どうしようかと思っていると、朔は袖をまくってその場にしゃがみ込み、20分以上も私の原付を調べてくれた。

そして、外れていたチェーンを本当に元どおりに直してしまったのだ。手は真っ黒な油で汚れていた。

私がウェットティッシュを差し出すと、彼は顔を上げて私を見た。

「動くか試してみて」

それがきっかけで、彼を好きになり、私から告白をした。

朔は無口で打ち解けるのに時間がかかる人だったけれど、付き合い始めてからは、本当によくしてくれた。

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)