白いキキョウと遅すぎた懺悔第2話
この話は約1863字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
「お母さん、心配しないで。お姉ちゃんはただ意地を張ってるだけだから、気が済んだら、きっと帰ってくるよ」
父は手を伸ばし、雪乃の頭を優しく撫でた。
「やっぱり雪乃のほうがしっかりしてるな。あの子は昔から、何かと手を焼かせてばかりだ」
ダイニングテーブルの上には、黄色い果肉がたっぷり乗ったマンゴームースケーキが置かれている。
私が7歳のとき、雪乃は誕生日にマンゴームースを食べたいと言った。ケーキを食べた私は全身に発疹が出て救急搬送され、そこで初めて、マンゴーアレルギーだと知った。
それ以来、雪乃の誕生日ケーキは必ずマンゴームースになった。
そうすれば雪乃は、ケーキも、両親の愛情も、すべて独り占めできるからだ。
母がため息をつく。
「心臓病になったのが詩乃だったらよかったのに。雪乃みたいな優しい子が、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの」
喉が詰まり、思わず手を伸ばして母の肩に触れようとした。しかし、手はむなしく母の体をすり抜けてしまう。
「そういえば、詩乃は7歳のときに、雪乃に階段から突き落とされたって言い張ったろ。雪乃はまだ5歳だぞ。そんな力があるもんか」
私の話になった途端、父の声が露骨に冷たくなる。
私は必死に叫ぶ。
「違う!雪乃が私のネックレスを取ろうとしたから、私が後ずさったときに足を踏み外したの!」
母が呆れたように言う。
「結局、雪乃が自分のブレスレットを詩乃にあげたじゃない。あんな安物のネックレスで、大騒ぎするなんて」
あれは、祖母がくれた銀のネックレスで、小さな月のペンダントがついていた。
雪乃が欲しいと言ったが、渡したくなくて断った。すると、雪乃はいきなり手を伸ばし、ネックレスを引きちぎろうとした。
ネックレスが切れ、月のペンダントは階段を転がり落ちて、そのまま見つからなくなった。
私は母を見つめ、やり場のない悲しみに包まれる。
「あのブレスレットは、もともと壊れていたの。雪乃が自分で机の角にぶつけたんだよ。弁償だなんて言いながら、本当はいらないものを押し付けてきただけじゃない」
雪乃がタイミングを見計らったように口を開く。
「お姉ちゃん、まだ私のことを怒ってるのかも……電話してみようか?」
父はうっとうしそうに手を振る。
「その必要はない。この前の火事だって、あいつが勝手に走り回らなければ、あんな大火傷にならなかったんだ。雪乃はあいつを助けようとして、今も腕に火傷が残ってるんだぞ」
母は雪乃に目を向ける。その表情が、たちまち柔らかくなる。
「雪乃の腕の傷は、詩乃を助けたときにできたものよ。雪乃ったら、いつも他人のことばかり考えて……」
私は即座に否定する。
「勝手に走り回ったんじゃない!雪乃が物置にぬいぐるみを落としたから、取ってきてって言ったの!」
しかし、私の声は誰の耳にも届かない。
そこで、私は思い出した。火は、物置から出たのだ。
ドアは外から鍵をかけられていた。
必死にドアを叩いて助けを求めたとき、濃い煙が喉の奥まで入り込んだ。
消防隊員がドアを破って、私を救い出したときには、私の声帯はすでに潰れていた。
雪乃の腕の火傷は、私を外に出すまいと、ドアを押さえつけていたときにできたものだ。
雪乃はうつむき、唇を結ぶ。
そのとき、ポケットの中のスマホが震えた。
雪乃が何気なくスマホを取り出し、画面が明るくなった瞬間、ポップアップメッセージが私の目に飛び込んできた。
先ほどのボディガードからのメッセージだ。
【雪乃様、ご指示どおり、あいつを川で始末しました】
続いて動画が届く。
動画を確認したあと、雪乃はふっと笑った。
……
壁掛け時計の針が、夜8時を指している。
雪乃が、ホームビデオを見ようと提案した。
母の声が弾む。
「ほら、これ見て。雪乃の5歳の誕生日よ。もう自分でケーキを切ってるわ」
画面の中では、雪乃が自分の手よりも大きなケーキナイフを握り、顔中を生クリームだらけにしている。
画面の外から、父の笑い声が聞こえる。
「うちの雪乃は本当に器用だな!」
カメラがダイニングテーブルの隅を映し出した。そこに7歳の私がいた。
色褪せたパジャマを着て、車椅子に静かに座っている。目の前には、フルーツが少しだけ乗った小皿が置かれている。
黄色い果肉。マンゴーだ。
右足にはギプスが巻かれていた。
父が懐かしそうに言う。
「この頃の雪乃は、活発だったな。詩乃とは大違いだ。あいつは一日中、ああやって暗い顔をして、座っていた。
ケーキを食べるか、ジュースを飲むかと聞いても、首を横に振っただけだった。あとになって、俺たちが雪乃ばかりひいきしているって文句を言うんだ」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)