白いキキョウと遅すぎた懺悔第1話
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「雪乃の薬をすり替えたのはあんたよね?」
口を開いても、漏れるのはかすかな息だけだ。
3年前、火事の現場から須藤雪乃を助け出したときに負った後遺症だ。
しかし、あの人たちが覚えているのは、私のせいで雪乃の心臓病が悪化したということだけだ。
母の声が、耳をつんざく。
「まだしらを切るつもり?雪乃がはっきりと見たって言ってるのよ!」
必死に身振りで伝えようとするが、それより早く、父の足が膝裏を蹴りつける。
バランスを崩し、氷のように冷たい川の水に飲み込まれる。
岸から、父の声が降ってくる。
「覚えてないというなら、水の中でじっくり考えろ」
母は、ボディガードたちに言いつける。
「1回20万円もする水泳の個人レッスンを受けさせていたんだから、これくらい平気よ。しっかり見張っていなさい。自分のしたことを認めるまで、絶対に上がらせないこと」
両親は知らない。ボディガードたちが、すでに雪乃に買収されていたことを。
死を覚悟するほど苦しくなって、ようやく引き上げられた。
手の震えを必死に抑えて、血で汚れたノートに、歪んだ文字を書きつけた。
【私が死んだら、心臓は雪乃にあげて。
彼女の16年間をうばって、ごめんなさい】
* * *
私・須藤詩乃(すどう しの)は必死に首を横に振り、指を岩の隙間に食い込ませながら、どうにか這い上がろうとする。
鼻にまで川の水が入り込み、声を出すことさえできない。
母・須藤冴子(すどう さえこ)が金切り声を上げる。
「雪乃の薬をすり替えたのはあんたよね?雪乃がはっきりと見たって言ってるのよ!」
必死に身振りで伝えようとするが、凍るような寒さで、思うように動けない。
――私じゃない。雪乃の薬に触れたことなんて、一度もない。
口を開けても、傷ついた声帯を空気がすり抜け、ヒューヒューというかすれた音しか出てこない。
父・須藤宗一郎(すどう そういちろう)は、後ろに控えるボディガードたちを振り返る。
「何も言わないってことは、認めたも同然だ。そのまま水に浸からせておけ。自分のしたことを認めるまで、絶対に引き上げるな」
妹・須藤雪乃(すどう ゆきの)はそっと母の腕に手を添え、弱々しく言う。
「お母さん、川の水はすごく冷たいから、お姉ちゃんが風邪を引いちゃうよ……」
「風邪?雪乃と違って、詩乃は心臓病もないし、無駄に丈夫なのよ!雪乃は優しすぎるの。水に浸かっていれば、自分が何をしたか思い出すかもしれないわね!」
水が耳元まで迫り、周囲の音が次第に遠ざかっていく。
父が母の肩を抱いて背を向けるのが見える。雪乃が私に向かって、ゆっくり首を横に振る。声は聞こえない。それでも、その唇の動きが、はっきりと読める。
「ざ・ま・み・ろ」
3人が車で去ったあと、私は必死に岸まで這い上がった。
しかし、茂みから飛び出してきた男に阻まれ、再び川へ突き落とされる。
須藤家のボディガードだ。
「恨まないでくれよ。雪乃様からの指示で、お前が謝るまで岸に上げるなってことになってるんだ」
口をパクパクと動かしても、やはり声は出ない。
助けを求めて手を伸ばすと、ボディガードはスマホを取り出し、笑いながら私を撮影し始めた。
ようやくもう一度岸へ上がった瞬間、今度は首を掴まれ、そのまま水の中へ押さえつけられた。
「この喋れない女を殺せば、2000万か。雪乃様もなかなか気前がいいな」
「それにしても、こいつ、ずいぶんきれいじゃないか。早く片づけろって言われてなきゃ、もう少し楽しんでみたかったぜ」
「チッ、2時間も浸かってるのに、まだ死なねぇのか。しぶといな」
私がまだ這い上がろうとしているのを見ると、ボディガードたちは大きな石を拾い上げ、私に向かって投げつけた。
「クソが、これでどうだ!」
体が沈んでいき、四方八方から水の重圧がのしかかってくる。
肺に残っていた空気が、細かい気泡となって水面へ上っていく。
目を開けたまま、水面の光が、どんどん遠ざかっていくのを見つめる。
やがて、冷たい川の水に完全に呑み込まれた。
……
再び目を開けると、家の前に立っていた。
身につけているのは、さっきまで着ていた濡れたセーターだ。もう水滴は落ちてこない。
手を伸ばしてドアを開けると、ダイニングのまぶしい明かりが目に入る。
雪乃がちょうど、母の茶碗に料理を取り分けているところだ。
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