狂気御曹司に囚われた身代わりに第2話
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私は目を閉じたまま、何も言わなかった。
ただ、哲弘の指先が私の手首をなぞり、冷たい感触が肌を這い上がっていくのを感じた。
ポケットの中のコンドームを、私は力いっぱい握りしめている。ビニールの包装は皺だらけで、角が掌を痛く突き刺す。
哲弘が顔を近づけ、唇が触れそうになったその瞬間、ドンと外から小さな音が響いた。
続いて、星来のどこか悔しさを含んだ声が聞こえた。「哲弘……喉が渇いちゃった。お水、持ってきてくれる?」
哲弘の動きがぴたりと止まった。私の手首を掴んでいる手が緩み、彼の眉間に深い皺が寄った。
私は胸が強く締めつけられ、爪が掌に食い込むほど拳を握りしめた。
――あと少しだったのに。どうして、また彼女が……
「使用人を行かせろ」哲弘は珍しく星来に苛立ちを見せながらも、指先だけはまだ私の腕に触れている。
けれど、星来は引かなかった。外からは、小さな嗚咽混じりの声が返ってきた。
「でも……胃が痛いの。昔、あなたが自分で蜂蜜水を作ってくれたのに……」
哲弘の目が揺れた。数秒迷ったあと――結局、彼は私の手を離した。「ここで待ってろ。勝手に動くな」
立ち去るとき、彼の上着の裾が私の手の甲にかすかに触れた。ひんやりとした感触が残っている。
私は皺くちゃになったコンドームを握りしめたまま、崩れ落ちるように床に座り込んだ。背中の痛みと胸の中の焦燥感が入り混じり、混乱している。
二分も経たないうちに、哲弘が戻ってきた。ほんのりと蜂蜜の香りをまとって。
しかし、私を一瞥することもなく、ただひたすらに急かすばかりだ。「早くしろ。星来が待ってる」
私は壁に手をついて、ようやく立ち上がった。まだよろよろしているうちに、外から先よりも重いドスンという音が響いた。
続いては、星来のか細く、今にも途切れそうな助けを求める声が響いた。「哲弘……た、立てない……頭がクラクラするの……」
哲弘の顔は一瞬で真っ青になった。私を怒鳴りつける間もなく、彼は飛び出していった。
私は慌てて後を追い、扉の近くに来ると、星来が廊下のカーペットに倒れ、手で額を押さえているのを見た。
哲弘はすぐに膝をつき、震える声で叫んだ。「星来!どうした?どこが痛い?話してくれ!」
星来は涙を頬に伝わせ、か細い声で言った。「ちょっと心配になって様子を見に来ただけなの。そしたら……目の前が真っ暗になって……怖かったの、哲弘……」
「大丈夫だ。今すぐ病院へ行こう」哲弘はそう言って、彼女をそっと抱き上げた。
そのまま歩き出そうとした瞬間、彼の視線が突然私に向けられた。一瞬で、その目つきが鋭くなった。
彼は自分の不安を私への怒りにすり替え、それを私にぶつけてくるようだ。
「全部お前のせいだ!お前がぐずぐずしていたから、星来がこっちに来たんだ。もし彼女に何かあったら――絶対に許さない!」
私は口を開いた。星来が勝手に来たのだと、ほんの少ししか時間が経っていなかったと説明したかった。
けれど、言葉は喉の奥で溶けてしまった。――どうせ信じてもらえない。昔も、今も。
哲弘は星来を抱きかかえ、急ぎ足で立ち去った。
星来の頭は彼の肩に預けられていたが、すれ違う瞬間、私は彼女がそっと目を開け、挑発的な視線を向けたのを見た。
別荘は一瞬で静寂に包まれた。一人取り残された私は、門前に立ち尽くしている。
ゆっくりと寝室に戻り、ポケットからあのコンドームを取り出した。
包装はぐしゃぐしゃに潰れ、角で掌が赤くなっている。さらに浅く刻まれた痕跡も残されている。
背中の痛み、手首の赤い跡、掌の傷、そして心の奥底にかすかに残る希望。
すべてが重なり合い、私は息が詰まりそうだ。
浴室に入り、水を出す。冷たい水が顔に降りかかり、ジャーッという音だけが響いた。
喉の奥の嗚咽を無理やり押し込める。
鏡の中の私は、眉メイクが既に崩れ、黒いアイラインが涙のように滲んでいる。疲労と絶望の色が瞳いっぱいに広がっている。
――今夜さえ耐えれば、すべてが終わると思っていた。
けれど、星来は私を決して逃がさない。彼女はいつだって、いとも簡単に私の希望を踏みつけるのだ。
ベッドの端に腰を下ろし、私は皺だらけのコンドームを見つめながら、何度も何度も呟いた。
なぜ?どうして?
終わるはずだったこの因縁は、なぜまた続くのか。
私はもうわからない。いつになれば、この檻から解放されるのか。
ただ確信している。星来は私を地獄の底まで追い詰めてくる。哲弘も私を決して放さない。
ポケットの中のコンドームを強く握りしめた。指先から滲む血と冷たい汗が混ざり合い、そのぬるりとした感触は吐き気を催すほど気持ち悪かった。
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