狂ってしまえば、誰にも縛られない第3話
この話は約2198字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
翌朝、慎也がよこした黒塗りの車列が、野口家の邸宅の門を完全に塞いでいた。
十数人の黒服のボディーガードがぞろぞろと車から降りてきて、黙って私の後ろに続いた。
私が玄関のドアをくぐると、母がソファでハーブティーを飲んでいた。私が来たのを見ると、カップをテーブルに叩きつけ、中身が飛び散った。
「よくもまあ、のこのこ帰ってこれたわね?!綾子、あなた頭おかしくなったの!相手は藤原社長よ!一晩一緒にいただけで飽き足らず、インスタにあんなものまで投稿して!あなたが勝手に死ぬのはいいけど、私たち野口家を巻き込むのだけはやめて!」
母は私を見ようともせず、その声には嫌悪感がにじみ出ていた。
私は母を無視して、ボディーガードのリーダーを手招きした。「二階、左手一番奥の部屋。中のものは全部運び出して」
「お姉さん!何するのよ!」睦月が階段から駆け下りてきて、私の前に立ちはだかった。そのか弱そうな顔には、計算されたような怯えが浮かんでいた。「これはみんな家のものよ。勝手に持ち出すなんて許さない!」
「家のもの?」
私はバッグからA4用紙の束を取り出した。そこにはびっしりとリストが印刷されていて、私はそれを睦月の顔に叩きつけた。
「おじいさんが私に残してくれた骨董品の掛け軸。18歳の誕生日に貰ったルビーのアクセサリーセット。引き出しに入れておいた現金60万円。
睦月、あなたは良いものを見たことがないの?それとも、生まれつき盗み癖があるのかしら?他人のものを見たら、すぐ自分の懐に入れたくなるのね。なに、いつかこの野口家から追い出されて、死に場所にも困るとでも思ったのかしら?」
睦月は顔面蒼白になり、床に落ちた紙を拾い上げた。その指は震えていた。
物音を聞きつけた父が書斎から出てきた。リストにさっと目を通すと、みるみる顔色が変わった。父はつかつかと私に歩み寄り、いきなり平手打ちをしようと手を振り上げた。
「このバカ者が!相手はお前の妹だろうが!ちょっとくらい物を持ち出したからって何だっていうんだ?いちいちうるさい。お嬢様のやることじゃないぞ!」
鋭い風を切って、その手が飛んでくる。以前の私なら、きっと目を閉じてなされるがままに殴られ、泣いて許しを乞うていただろう。
でも、今は違う。
私は腕を上げ、父の手首をがっしりと掴んだ。
父はきょとんとして、手を引こうとした。でも、私の力が自分の想像をはるかに超えていることに気づいたようだった。
「残念だけど、昨日で私たちの親子関係は終わったはずよ」私は父の手を荒々しく振り払い、わざとらしくウェットティッシュを取り出して自分の手を拭いた。「今の私にとって、あなたたちは虫ケラ同然なの」
父は怒りのあまり、胸を激しく上下させていた。
隅のソファに座って高みの見物を決め込んでいた隆が、ようやく立ち上がった。
今日はいっちょまえの格好をしている。彼は私のことを上から下まで値踏みするように見てきた。その目には驚きと、何かを探るような色が浮かんでいた。
その視線を見て、私は全てを察した。
それもそのはずだ。慎也のおかげで、今日の私は仕立ての良い黒のスーツを着ている。赤いリップと黒髪も相まって、近寄りがたいオーラを放っているだろう。もう、以前の言いなりだった自分とは違うのだ。
「綾子、もうやめろよ」隆は眉をひそめ、さも自分が仲裁役であるかのような顔をした。「睦月は体が弱いんだから、お前が譲ってやれ。盗んだとか、そんな言い方しなくても、家のものなんだから、誰が使おうが同じだろ」
「盗んでない?あなたの目は節穴なの?」
私は鼻で笑い、睦月が着ている白いワンピースを指差した。「彼女が着てるそのブランド物のワンピース、去年の私のよ。無理やりウエストを詰めてるから、脇のところがはち切れそうじゃない。あなたには見えないの?」
睦月はとっさに脇のあたりを手で隠し、顔を真っ赤にした。
目に涙をいっぱいためて、助けを求めるように隆を見つめる。
隆はぐっと言葉に詰まった。
そして、それきり黙り込んでしまった。
ボディーガードたちは手際が良かった。次々と箱が運び出されていく。睦月の部屋の前を通りかかったとき、私は彼らを呼び止めた。
「そのクリスタルのシャンデリアも外して。私のお金で買ったものよ。どうしてあの女を照らしてあげなきゃいけないの?」
母が金切り声を上げた。「綾子、あなたは強盗かい!そんなものまで外したら、どうやって暮らせっていうの!」
「そんなの、私の知ったことじゃないわ」私はボディーガードに指示して、壁のスイッチプレートまで外させた。「このコンセントも私が交換した輸入品だから。これも持っていくわ」
噛みしめた奥歯の音が聞こえてきそうな顔の三人を見て、私はすっと胸が晴れるのを感じた。そして、そのまま背を向けて家を出た。
隆が追いかけてきて、車の外で私を呼び止めた。
彼はヘラヘラしながら口笛を吹くと、無理に笑顔を作って言った。「綾子、一晩会わないうちに、ますますいい女になったじゃないか。どうした?こんな手を使って俺の気を引こうってわけか。もし睦月に謝る気があるなら、昨日の婚約破棄はなかったことにしてやってもいいぜ」
私は車の窓を開け、隆を上から下まで見やった。「隆、寝言は寝て言ってくれる?あなたも、あなたのその『切り札』も、私には全く釣り合わないわ」
そう言うと、私は窓を閉め、彼の顔に排気ガスを浴びせかけた。
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