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狂ってしまえば、誰にも縛られない第2話

この話は約1980字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

高級車の車内は、外の喧騒が嘘のように静かだった。

さっきまでの興奮が冷めると、今さらになって背筋が凍るような感覚に襲われた。

私は慎也の手を離した。指先が、自分の意思とは関係なく震えている。

この男には、よくない噂が多すぎた。暴力的で、陰険で、気まぐれだって。

私、さっきのは、ちょっとやりすぎたかも?

すると、隣に座っていた男が、不意に身じろぎした。

思わず手を引っ込めようとしたけど、彼にぐっと掴まれてしまった。

まるで、私が逃げるのを恐れるみたいに、すごく強い力だった。

「後悔したか?」

慎也は少し掠れた声で言った。その漆黒の瞳は、じっと私を見つめて離さない。

前世で無残な死を遂げた時の、睦月の得意げな笑顔と、隆の冷たい視線を思い出す。

私は慎也の視線を受け止め、言った。「絶対に後悔しない」

「君が後悔しないなら、この結婚は決まりだ」

慎也の瞳にあった暗い影が、すっと消えた。彼は力を緩め、私の手首の赤い跡を指の腹でそっと撫でる。「……すまん、痛かったな」と、後悔の滲む声で言った。

「車を出せ。市役所に行く」

市役所までの道は、驚くほど空いていた。

婚姻届に名前を書き、必要書類と一緒に窓口へ出した。

全部の手続きが終わっても、地に足がついていない感じがして、現実感がない。

私……結婚、したんだ?

東都で一番恐れられている、あの男と?

市役所を出た途端、スマホが激しく震えだした。

全部、隆からのボイスメッセージだった。数十件も来ている。

「綾子、駆け引きするにもほどがあるぞ!今すぐ戻って睦月に謝れ。そうしたら、さっきの狂った真似も許してやらないこともない……」

「うるさい」

すっと伸びてきた細長い手が、私のスマホを取り上げた。

ブロックして削除、そして電源をオフにする。

一連の操作を終えると、慎也はスマホを私のバッグに放り込んだ。

「これからは、こんなゴミみたいなメッセージは見る必要ない」

その流れるような動作を見て、私は思わず噴き出してしまった。「夫役になりきるのが早いね」

慎也は少し耳を赤らめて、何も言わずに私の手をきゅっと握り直しただけだった。

車は、山の中腹にある邸宅の敷地へと入っていった。

この邸宅こそが、藤原家の権力の象徴なのだろう。まるで目に見えない壁があるかのように、外の世界から完全に隔離されていて、神秘的で威厳があった。

車のドアが開くと、二列に並んだ使用人たちが一斉にお辞儀をした。執事は、慎也が私の手を引いて降りてくるのを見て思わず目を見開いたが、すぐにいつもの落ち着きを取り戻し、深く頭を下げた。「旦那様、奥様」

「妻を主寝室へ」慎也はそう命じると、私に向き直った。「書斎に、少し用がある」

彼が戻ってきたとき、その手にはずっしりと重い金庫が抱えられていた。

「暗証番号は、君の誕生日だ」

そう言って彼はダイヤルを回し、金庫の扉を開けた。

中には金の延べ棒も現金もなく、分厚い書類の束と、色々な種類のブラックカードだけが入っていた。

「不動産の権利証、株式譲渡契約書、給与口座の通帳、家族カード……」慎也は一つ一つ取り出して私の前に並べた。まるで業務報告でもするように真剣な顔つきで、「全部ここにある。これからは君が管理してくれ」と言った。

私は、ぽかんとした。

ここにあるものを全部合わせれば、野口家が百あってもおつりがくるだろう。

「慎也、私が全部持って逃げても、怖くないの?」

「怖くない」彼は私を見て、静かな声で言った。でもその言葉は、私の心にずしりと響いた。「俺の人生も、命も、全部君のものだ」

鼻の奥がツンとし、胸が締め付けられるように痛んだ。

前世の愚かだった自分のせいでもあり、目の前の、これまでまともに見てこなかった彼への後悔の念でもあった。

記憶の中の私は、いつだってあの人たちに夢中だった。彼らの何気ない一言に有頂天になる一方で、いつもそばで黙って私を支えてくれた慎也のことは、一度も気に留めなかった。

なんて馬鹿だったんだろう。偽物を宝物だと思い込んで、本当の宝には目もくれなかったなんて。

夜になって、私はスマホの電源を入れ直した。

インスタを開くと、一番上に睦月の投稿があった。

写真にはダイヤモンドの指輪が写っていて、文章はとてもあざとい内容だった。【姉さんが悪いことをして家出してしまったけど、隆さんがずっとそばにいてくれるって。姉さんが外で元気にしているといいな。私たちへの腹いせに、誰か知らない人と結婚したりしないでね】

コメント欄は、共通の友人たちの睦月への慰めと、私を非難する言葉で溢れていた。

私は鼻で笑うと、提出前に撮ってあった婚姻届の写真を載せた。

慎也の名前にはわざとモザイクをかけて、受付印の部分だけがはっきり見えるようにした。

【ご心配どうも。ゴミのような男はあなたが拾ってあげて。私はもう結婚したから、邪魔しないで】

そう文章を打ち込み、投稿ボタンを押した。

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