父の最期に、あなたはいなかった第2話
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その時、悠人からビデオ通話がかかってきた。
私は慌てて人のいない非常階段に走り込み、やっと謝罪と説明をしてくれるのかもしれないと思って、通話に出た。
しかし、最初に聞こえてきたのは、知紗の弱々しく甘えるような声だった。
「悠人、私のために大事な予定を後回しにしないで……酒井さん、きっと怒ってるわ」
悠人はすぐにカメラを自分の方に向け、少し苛立ったような声で言った。「知紗が熱を出してて、身近に頼れる人もいないし、放っておけないんだ」
私は彼の背後に映る、見慣れたホテルの内装を見つめながら、震える声で尋ねた。
「じゃあ、私のお父さんは?救命処置室にいるのに、心配じゃないの?」
悠人は一瞬、黙り込んだ。
そして、全身の血の気が引くような言葉を口にした。
「お前のところには親戚も医者もいるだろ?それに、そこまで深刻な状況じゃないだろ。
涼子、お父さんのことを持ち出して俺に当たるのはやめてくれ」
私は言葉を失った。
父は今も生死の境をさまよっているのに、悠人の目には、私が感情的になって彼を責めているようにしか映っていないのだ。
その瞬間、はっきりわかった。彼は私の苦しみを知らないわけじゃない。
ただ、私の苦しみよりも、知紗のほうが大切だったのだ。
その後、処置が終わり、幸い父の容体はひとまず落ち着いたと言われた。
だが早急に精密な検査と治療が必要で、家族のサインと治療費が必要だった。
私は自分の口座を確認し、残高を見ると、心が沈んでいく。
結婚式のために準備していたお金は、先月すでに悠人に貸していた。
会社の資金繰りで一時的に必要になって、月末には必ず返すと約束していたお金だ。
私は、すぐ返金するようメッセージを送った。
すると、すぐに返事がきた。【今は会社の資金が動かせないんだ。明日まで待ってくれ。とりあえず俺の家族カードを使って、利用枠は十分あるから】
言われたとおり、そのカードで支払いをしようとした。だが、会計窓口の職員は申し訳なさそうに言った。
「申し訳ございません、こちらのカードですが、ご利用可能額の上限に達しているため、お取り扱いできません」
私は耳を疑った。「そんなはずは……」
職員が利用明細を見せてくれて、その場で立ち尽くす。
利用先は、知紗が宿泊している五つ星の温泉ホテルだった。
利用日時は昨夜。
窓口の前で、手のひらに冷たい汗が滲む。
母は幼い頃に亡くなり、父はずっと私を支えて生きてきた。
それなのに、いまや父の治療費すら用意できない。
親戚に頭を下げて借金を頼むしかないと覚悟を決めた時、スマホが鳴った。
知紗からの友達申請だった。
メッセージにはこうあった。【酒井さん、一度お話ししませんか?誤解を解きたくて】
私は申請を承認した。
最初に届いたのは、言い訳ではなく謝罪だった。
【すみません、酒井さん。お父様の容体がそこまで悪いなんて知りませんでした】
【もし知っていたら、悠人に送ってもらったりしませんでした】
優しい言葉だった。けれど、その一つ一つが胸に突き刺さり、悠人が誰を選んだのか。その事実を残酷なほど鮮明に突きつけてくる。
直後、彼女から1枚の写真が送られてきた。
ホテルの部屋の前で、悠人が知紗に薬を差し出している写真だった。
柔らかな照明の下、彼は優しい表情で彼女を見つめている。
胸に刺さるほどに優しい顔だった。
知紗は続けた。【彼は本当に優しい人なんです。だから責めないであげてください。全部私のせいなんです】
私は写真を見つめながら、父のベッドの隣に置かれたままの空席を思い出した。
涙は出ず、ただ胃の奥が冷え切って、吐き気だけが込み上げてくる。
私は請求書を撮り、悠人に送った。
【お父さんの治療に、すぐにお金が必要なの】
返信が来たのはかなり後だった。
立て続けの催促に、隠しきれない苛立ちを滲ませた。
【もう秘書に対応させてる。そんなに悪い方へ考えるなよ】
だが、その後かかってきた秘書からの電話で、申し訳なさそうに言われた。
「涼子様……社長から聞いておりますが、現在会社の資金繰りが厳しく、ひとまず一部だけお振り込みする形になります」
私は銀行からの入金通知を待った。その時、知紗のSNSが更新され、カルティエのネックレスが載っていた。
添えられた言葉は、【不安な夜には、キラキラしたものを身につけると少し安心できるんだって】だった。
写真の端に、無造作に置かれた車のキーが写っていた。
悠人のベンツのキーだった。
結局私は、何年も連絡を取っていなかった従姉に頭を下げて、お金を借りることになった。
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