無垢を求めた夫と、離婚を決意しました第2話
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電話を切った後も、胸の奥にはぽっかりと穴が空いたような虚しさが残っていた。心なんてもう空っぽになったはずなのに、その奥だけがずきずきと痛み続けていた。
私はひなたのタイムラインを、何度も遡って見返した。そこでようやく気づいた。彼女と諒の曖昧な関係は、もうけっこう長く続いていたのだ。
彼女は諒のゼミ生だった。
毎日のようにメッセージを交わし、キャンパスを並んで歩き、大学帰りには近くの店へ立ち寄っていた。
諒は彼女にだけ妙に甘かった。課題を個別で見てやり、レポートを何度も添削し、採点も明らかに甘かった。学内奨学金の推薦にまで口を利いていたらしかった。
投稿の端々から、ひなたのときめきが滲んでいた。熱に浮かされたような、恋する者だけが纏う空気だった。
私がいなければ、2人はもっと自然に恋に落ちていたのかもしれない。
私は彼女の写真を何度も見返した。明るく笑う姿は、まるで陽だまりのようで、塞ぎ込みがちな私とは正反対だった。諒が彼女に惹かれた理由も、分からないでもない。
じめじめとした場所に長くいれば、誰だって明るいほうへ惹かれてしまう。
パソコンを閉じても、眠気は少しも来なかった。その夜、諒は結局、朝まで帰ってこなかった。
翌日の午後になって、ようやく諒は帰ってきた。
「なあ、何持っていると思う?」
玄関を開けるなり、諒は目を輝かせて私を見た。
「……なに?」
私はできるだけ素っ気なく返した。
すると諒は背中に隠していた手を差し出した。そこにあったのは、花火大会のチケットが2枚。
「花火師・早川駿(はやかわ しゅん)の渾身の一作だよ。ずっと見たいって言ってただろ。昨日、発売の時間に張り付いて、やっと取れたんだ。しかも特等席」
私は花火が好きだ。ずっと前から、今回の大作を楽しみにしていた。諒はもうそんなこと、とっくに忘れていると思っていた。
なのに、その2枚のチケットを受け取っても、心は少しも弾まない。
こういうとき、男って優しくなる。後ろめたいことがあると、埋め合わせをするみたいに、いつもよりずっと優しくなる。
自分の罪悪感を、少しでも軽くしたいから。
「どうした?行きたくないのか?」
私は無理やり口元を上げた。
「……行くわ」
その日の夜、諒は親友の江原晃一(えばら こういち)と、その妻の葵(あおい)まで誘っていた。
やっぱり、と思った。浮気をしている男が、妻と2人きりで過ごしたがるはずがない。
葵は私の幼馴染だ。だから私は、ほとんどずっと彼女と腕を組んで歩いている。
「どうしたの、澪。なんか全然楽しそうじゃないけど」
葵が心配そうに私の顔を覗き込む。
私は小さく笑った。
「そんなに分かる?」
「分かるに決まってるでしょ。澪って、機嫌悪いと黙り込むもん」
私は前を歩く諒の背中を見つめる。晃一と楽しそうに話し込みながら、絶え間なく言葉を交わしていた。
こんなに分かりやすいのに、どうして一番近くにいるはずの夫だけが気づかないのだろう。
それとも、気づいていても、もうどうでもいいのだろう。
急に鼻の奥がつんとした。これ以上ここにいたら、本当に泣いてしまいそうで、私は気づかれないようトイレへ逃げ込んだ。
しばらくして、ようやく呼吸が整った。そっと外に出た瞬間、隣の喫煙スペースから、聞き間違えるはずもない声が聞こえた。
「お前、澪さんのこと本気で好きだったんじゃないの?なんで急にゼミの学生に手を出してるんだよ」
少し間を置いて、煙を吐き出す気配がした。続いて、諒のしゃがれた声が響いた。
「昔は、守ってやりたいって思ってた。でも、いつからか……彼女のことが、どこか汚れて見えるようになった」
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