港町に雪が再び降った第1話
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町で最も有名な天気予報アナだったが、私・田中圭子(たなか けいこ)の予報が一度も当たったことはなかった。
長い間そんな状態が続くうちに、それが町中の常識になっていた。
港町では、雨が降るか雪が降るかは、夫の白井哲夫(しらい てつお)の愛人が泣くか笑うかで決まるのだった。
一秒前までテレビで「大雪注意報です」と伝えていたのに、次の瞬間には曇り空が晴れ間に変わった。
直属の上司が皆の前で、皮肉たっぷりに言う。
「以前は局の看板アナだったのに、もう時代遅れなんじゃない?旦那さんが資金を出して人工的に天気を操作しているのに、君の予報に誰が耳を傾けるって言うの?」
隣にいた同僚が、容赦なく付け加えた。
「噂だとね、旦那さんの新しい愛人は寒がりなんだって。そしたら港町、半年も雪ひとつ降らないだろうな?圭子さん、減給で首が回らなくなるんじゃないかって心配だよ」
私は十数枚の減給通知を握りしめ、何も言えなかった。
家に帰ると、表情一つ変えず、それらを哲夫に投げつけた。
「自分の始末は自分で払いなさいよ。白井夫人なんて肩書き、欲しい人に譲ってあげる」
* * *
町で最も有名な天気予報アナだったが、私・田中圭子(たなか けいこ)の予報が一度も当たったことはなかった。
長い間そんな状態が続くうちに、それが町中の常識になっていた。
港町では、雨が降るか雪が降るかは、夫の白井哲夫(しらい てつお)の愛人が泣くか笑うかで決まるのだった。
一秒前までテレビで「大雪注意報です」と伝えていたのに、次の瞬間には曇り空が晴れ間に変わった。
直属の上司が皆の前で、皮肉たっぷりに言う。
「以前は局の看板アナだったのに、もう時代遅れなんじゃない?旦那さんが資金を出して人工的に天気を操作しているのに、君の予報なんて誰が耳を傾けるって言うの?」
隣にいた同僚が、容赦なく付け加えた。
「噂だとね、旦那さんの新しい愛人は寒がりなんだって。そしたら港町、半年も雪ひとつ降らないだろうな?圭子さん、減給で首が回らなくなるんじゃないかって心配だよ」
私は十数枚の減給通知を握りしめ、何も言えなかった。
家に帰ると、表情一つ変えず、それらを哲夫に投げつけた。
「自分の始末は自分で払いなさいよ。白井夫人なんて肩書き、欲しい人に譲ってあげる」
……
哲夫は減給通知を指先でひっつかむと、一瞬動きを止め、嘲笑を浮かべた。
「今日は雪が降らなかったせいで、テレビで恥かいて、その腹いせか?」
「本気よ。離婚する」
私は一語一語、はっきりと告げた。
私の声の調子に何かを察したのか、哲夫の顔に浮かんでいた意地の悪い笑みが、徐々に消えていった。
コーヒーを運んでいた家政婦ですら、動きを止めてしまった。
数秒後、哲夫が冷笑を漏らし、口を開いた。
「圭子、もう慣れているはずだと思ってたよ。三年前のこと、また繰り返したくないだろうね?」
呆然としながら、私は三年前の出来事を思い返した。
港町の大型スクリーンには、私が町の晴天を伝え、市民に日焼け対策を呼びかける姿が映っていた。
その一方で、哲夫はナイトクラブのホステスのために大金をつぎ込み、人工的に雨を降らせていた。
空は一面の黒い雲に覆われ、私は港町で最も間が抜けた天気予報アナになってしまった。
上司から厳しく叱責され、キャリア初の減給処分通知を手にしたあの日、私はすっかり逆上して、バーに飛び込み、ボトルを掴んでホステスの頭を殴りつけた。
哲夫はソファにもたれかかり、私の取り乱す様子を静かに見つめていた。
やがて、私を慰めようと駆けつけてきた母が途中で事故に遭い、一生寝たきりになってしまった。
――そのことを知ったとき、私は崩れ落ち、泣き叫んだ。
そんな私に、哲夫は冷たく言い放った。
「俺の妻なら、黙って耐えろ。前はわからなかったかもしれないが、人生は一度経験すれば成長するものだ」
口を開いたが、私の声は空振りに終わった。
過ぎ去った出来事のすべてが、刃のように毎日私の心を切り裂いていく。
私が黙っていると、哲夫の声は少し柔らかくなり、彼はテーブルに積まれたギフトバッグの山をぞんざいに指さした。
「自分の非を認めてさえいればいい。港町で一番高価なものは、すべて白井夫人のお前のものだ。文句があるというのか?」
彼が軽く合図すると、家政婦が一着のオーダーメイドのドレスを広げて見せた。
港町中の女性たちが憧れる特注品や限定バッグが、私のクローゼットにはずらりと並んでいる。
けれど、それらが彼の浮気のつぐないでしかないことを知っているのは、私だけだ。
それを着て外に出るなんて、まるで恥をさらすようなものだ。
私は冷たく笑い、コーヒーをそのドレスにぶちまけた。周囲が一斉に息をのんだ。
哲夫は自分の服に飛び散った染みを見つめ、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「圭子、もういい加減にしろ!」
熱いコーヒーがバシャッと私の体にかかり、瞬く間に肌が水ぶくれになった。
痛みで十本の指が震え、頭皮がじんじんと疼いた。
男の呼吸が一瞬止まったが、その目つきの冷酷さは微塵も薄れなかった。
「玲奈はお前の局のインターンだ。面倒を見られるならそれでよし。無理なら、俺が直接彼女を推してやる」
彼の視線が私の受賞トロフィーへと移り、目に警告の色が走った。
栄誉を命のように重んじる私に、彼はいくらでも屈服させる手札を持っている。
私は苦い思いを飲み込み、唇を結んで微笑んだ。
「ええ、いいわよ」
哲夫の目に一瞬、驚きが走った。だが次の瞬間、鳴り響く一本の電話で、彼の声は途端に柔らくなった。「わかった、今すぐ行く」
電話を切ると、彼は大股で部屋を出ていった。
隠しようもない高揚を背中にまとって去っていく彼の後姿を見送りながら、涙を拭い、弁護士になった先輩に電話をかけた。
「離婚の手続きを進めてくれない?五年の約束、今すぐ果たすから」
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