涙の果てに、幸せは訪れる第2話
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家に戻ると、空っぽの部屋が広がっていた。すぐに分かった。仁は、また病院で亜由美のそばにいる。
私は赤ちゃんの部屋の扉を開け、茫然と中を見つめた。
ピンク色のベッド、小さなおもちゃ、いくつもの可愛らしいぬいぐるみ……
クローゼットには、赤ちゃんが生まれてから三歳になるまでの女の子用の服がぎっしりと並んでいた。
妊娠が分かったとき、私はまだ母親になる心構えができていなかった。
けれど仁は、子どものように喜んでいた。
夜中、ふと目が覚めてトイレに行ったとき、仁がいないことに気づいた。書斎を覗くと、彼はパソコンの前に座っていた。
画面の光に照らされた横顔は真剣で、そして穏やかだった。
「妊婦の世話の仕方」と検索して、紙いっぱいにびっしりとメモをとっていた。
その瞬間、私は実感したのだ。私、本当に母親になるんだと。
彼と一緒に子どもを育てられるから、この命を愛せるんだと。
お腹が少しずつ膨らんでいくたびに愛おしさが増した。
仁もまた、店でベビー用品を買い漁っては楽しそうに見せてくれた。
ただし、彼が買うのはいつも女の子用だった。
私は笑って冗談を言った。「どうして女の子って決めつけるの?男の子だったらどうするの?」
仁は得意げに私のお腹に顔を寄せて、微笑んだ。
「紗奈、分からないのか?これは父と娘の心のつながりなんだ。俺には分かる。きっと可愛い女の子だよ」
その声と笑顔を、私は信じていた。
――タッ、タッ……
不意に響いた足音が私を現実へ引き戻した。振り返ると、そこには仁が立っていた。
疲れた顔で歩み寄り、私をソファに座らせる。
「紗奈、妊娠してるんだから、長く立ってちゃダメだ。足がむくむぞ」
私が黙ったままでいると、彼は言葉を重ねた。
「紗奈、今日のは本当に仕方なかったんだ。緊急だったから。悪かった、次は絶対にしない。もう一人にしたりしない」
彼の眼差しはあまりに真剣で、本当にそうしてくれるように思えた。
けれど、こんな言葉を聞くのは初めてじゃない。亜由美に「何か」が起きるたび、彼は必ず彼女を優先してきたのだから。
彼が私の脚を揉もうと手を伸ばしたそのとき――
ふわりと、甘ったるい香水の匂いが鼻を突いた。
亜由美が好んでつける、あのローズの香り。
吐き気が込み上げ、私は思わず胃の中のものを戻した。
慌てた仁がゴミ箱を差し出す。「どうした?またつわりか?」
少し落ち着いてから、私は疲れた声で言った。「つわりじゃない。吐き気がするの」
「え、何だって?」
「つわりじゃない。あなたの体についた香水の匂いに吐き気がするの」
仁の顔に、悲しそうな色が浮かんだ。
「紗奈、俺は……」
私は彼の言葉を遮った。「離婚しよう」
仁は一瞬呆然とし、次の瞬間、私を強く抱きしめて、声が震えていた。
「紗奈、離婚なんて簡単に口にするもんじゃない。そんな言葉、俺を傷つけるだけだ。俺たちにはもう赤ちゃんがいるんだぞ。どうして離婚なんてできる?これからずっと一緒に、年を取っていくはずだろう」
私は彼を押し返し、目を真っ直ぐに見据えた。
「仁、私、言ったよね。今日ここで私を置いていったら、終わりだって。聞いてなかったの?」
仁は必死に首を振った。「違うんだ、紗奈、それは誤解だ……」
私はもう、聞きたくなかった。
私は部屋に入り、鍵をかけた。
外から響く仁のノックを無視して、涙がぽたぽたと頬を伝い落ちる。
お腹の赤ちゃんも、私の感情を感じ取ったのか、不安そうに動き始めた。
私はそっとお腹に手を当て、なだめるように撫でる。
――ごめんね、赤ちゃん。ママのせいで、あなたは生まれてすぐに父親を失うことになる。
でもね、あなたにだけは、私と同じ思いをさせたくない。何度も父親に背を向けられ、他の人のもとへ行く姿を見て泣くような人生なんて、絶対に。
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