流れ星よ、この願いを君に届けて第3話
この話は約2197字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
あるいは、それが幸せだと思っていたのは、私だけだったのかもしれない。
私が俯いてみかんをひと房口に運んだとき、隣の女子が突然画面を指さして声を上げた。
「紬、なんで体育委員があんたにだけ日傘さしてんの?もしかして口説かれてた?」
話題が急にこちらへ飛んできた。
私が首を横に振って「違うよ。たまたま一緒のところを通っただけ」と答えると、彼女は続けざまに言った。
「体育委員、今日来てないのマジ残念。でもあれ、どう見ても紬のこと好きでしょ。ちょっと考えてみなよ、けっこうお似合いだと思うけど」
向こうの席では、涼真が莉桜のコップにジュースを注いでいた。その流れるような動きは、まるでこちらの会話などまったく耳に入っていないかのようだった。
私はかすかに笑った。
「やめとくよ。実は私、彼氏いるから」
その瞬間、涼真の背中がびくりと強張り、コップを握った指にぎゅっと力がこもるのが見えた。
私は彼のことをよく知っている。今の一言で、私が余計なことを口走らないかと身構えているのだ。
けれど隣の女子はお構いなしに、私の腕をつかんで大声を上げた。
「えっ、誰?クラスの男子?」
何十もの視線が一斉に集まる中、私は笑顔のまま小さく頷いた。
「うん」
その場の空気が一気に熱を帯び、「誰?」「どの人?」と矢継ぎ早に問いが飛んできた。
涼真の顔色はみるみるうちに曇り、彼は視線を落としたままスマホをいじり始めた。
私のスマホが二度震えたけれど、私は画面を見ないまま答えた。
「今日は用事があって来られなかったんだ」
今日の旅行に参加していない男子は、七、八人いる。
健は肩を落としてさらに聞き出そうとしたが、そのとき莉桜が「あっ」と小さく声を上げた。
彼女のコップが倒れ、ズボンの裾を濡らしてしまったらしい。
涼真は慌ててティッシュをつかんで水を拭き取り、莉桜は顔を赤くして謝った。
「ごめん、手が滑っちゃって」
「平気。着替えたほうがいいから、部屋に戻ろう。冷えたら厄介だ」
涼真がそう言って二人で部屋を出ていくと、みんなの記録映像に向けられていた興味もすっかりしぼみ、三々五々その場を離れていった。
私が部屋へ戻ると、スーツケースの蓋が開けっぱなしになっていた。
中に入っていた涼真の荷物は、きれいさっぱり消えていた。
その夜、私はずっとスマホの画面を見ていた。
表示されている未読メッセージは、彼から届いていたたった二行だけだった。
【余計なことは言うな】
【雰囲気ぶち壊すな】
そうだ。彼女である私は、彼と他の女の子が作る甘い空気を壊してはいけないのだ。
二年生のときのチャリティーバザーで、私がいちばんの売り上げだったのに、クラスのマドンナの顔を潰さないよう、彼に言われて表彰状を莉桜に譲らされたときみたいに。
三年生のときのテニス大会で、莉桜が「試合に出てみたい」と言った一言のせいで、彼女のやる気を折ってはいけないからと、彼に私の出場を辞退させられたときみたいに。
この三年間、涼真は私に対してとても優しかった。
夏には容赦ない日差しから私を庇い、冬には刺すような風の盾になって受け止めてくれた。
付き合っていることを秘密にしていること以外は、彼氏らしいことはほとんど全部してくれた。
ただ、莉桜が関わるときだけ、私は必ず後回しにされるのだった。
夜が明けて空が白み始めても、私のスマホが鳴ることは一度もなかった。
窓の外でゆっくりと昇っていく太陽を眺めていると、私の胸の内は不思議なほど静かになっていった。
この日の予定は、観光スポットを巡ることだった。
涼真と莉桜は赤いリストバンドをつけたまま、終始並んで歩いていた。
彼は私が買ってあげたカメラを手に、映えスポットに着くたびに彼女の写真を撮り、名所の前では二人並んで自撮りをした。
橋のたもとで一息ついているとき、同級生たちが私の今後について尋ねてきた。
「紬、卒業したら鳴海市に残るの?それとも蒼都市のほうに戻る?」
私は淡々と答えた。
「蒼都市に戻るつもりだよ」
涼真はミネラルウォーターのキャップをひねって莉桜に手渡しながら、わざとなのかどうなのか、ちらりと私のほうへ視線を向けた。
健が肘で涼真をつついた。
「莉桜は地元が鳴海市でしょ?お前も鳴海市に残る気なんだよな?」
涼真は考えるそぶりも見せずに、すぐさま口を開いた。
「もちろん」
莉桜の目がぱっと輝き、彼女はさりげないふりをして涼真の肩にぴたりと身を寄せた。
その様子を見ていた同級生が、不思議そうに首を傾げた。
「紬って、鳴海市での就職先もう決まってたよね?なんで戻るの?」
私は笑って答えた。
「内定、断ったんだ。両親の近くにいたくて」
「マジか、それって親のため?それとも彼氏のため?」
みんなが野次馬根性丸出しで身を乗り出してくると、私の笑みはさらに深くなった。
「両方かな。親も離れるの寂しがってるし、彼も……蒼都市で落ち着くって決めたから」
誰なのかと冷やかし半分の追及が続いたけれど、私はただ首を横に振るばかりで、最後まで名前は出さなかった。
次の観光スポットに着いたところで、トイレの入口で涼真が私を呼び止めた。
「本当に、内定断ったのか?」
彼の声色には、はっきりと焦りが滲んでいた。
無理もない。あの就職先は、私たちが一緒に探した場所だ。先方は私の成績を高く評価してくれていたからこそ、私が自分の入社を条件に「彼も一緒に採用してほしい」と直談判して、ようやく彼を押し込んだのだから。
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