気づけば、愛も遅すぎた第3話
この話は約2159字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
三日後、医師から晴美は退院してよいと告げられた。
足を引きずりながら家に帰ると、食卓では四人でハッピーバースデーを歌っていた。
晴美自身も忘れていたが、今日は彼女の誕生日でもあった。
両親は琴星に料理を取り分け、楽しそうに笑っていた。その目には溺愛の色があふれていた。
琴星は想いを込めたまなざしで恒志を見つめながら、彼の口元についたクリームをそっと拭っていた。
使用人が晴美の手からバッグを受け取り、額の包帯がまだ外れていない彼女を見て声をかけた。
「お嬢様、お加減いかがですか?」
その一言が、その場の静けさを壊した。
全員が晴美を見た。
琴星は立ち上がると、足早に晴美の前に歩み寄り、ドサリと音を立てて跪きこんだ。
「姉さん、結婚式を台無しにして、ごめんなさい。叩いていいよ」
琴星が跪いたのを見ると、両親と恒志は慌てて駆け寄って彼女を支えた。
晴美は立ったままこの茶番を見つめ、もうDNA鑑定の結果を渡す気も失せた。
こんな家族がいるくらいなら、孤児の方がまだましだ。
「琴星が謝る必要なんてない。お前の人生を奪ったのは彼女だ」
恒志が彼女を抱き起こそうとしたが、琴星は立ち上がる気配をまったく見せなかった。
晴美は目の前の光景を淡々と見つめていた。
「欲しいものはもう全部手に入れたでしょう?まだ演技を続けるつもり?
私が行かなかったら飛び降りるって言ってたよね?じゃあ、なんで今もこうして元気に立ってるの?飛び降りなさいよ!
うちのヴィラはそんなに高くないけど、飛び降りれば、死ななくても一生寝たきりになるでしょうね……」
「バチン!」という音とともに、弘文の平手打ちが晴美の頬に強く響き、彼女はソファに倒れ込んだ。
これが、晴美の人生で初めて弘文に叩かれた瞬間だった。
だが、弘文には少しも心配や後悔の色はなかった。
「恩知らずな娘を育てた覚えはない!俺の教えを忘れたか?
水村家に居させてやって、恒志と結婚させてやるだけでもありがたいと思え!」
晴美は思わず笑った。
今となっては、この一家が自分に与えた傷に感謝しなければならないのだろうか?
誰にも見えないところで、琴星の口元がわずかにほころび、自分の勝利をひそかに誇示しているかのようだった。
琴星は晴美の手を取って言った。
「姉さん、今日は私の誕生日なの。父さんと母さん、あと恒志が、私の大好きなイチゴケーキを用意してくれたの。一緒にお祝いしよ?」
晴美はその手を振りほどいた。
「家族四人で祝えばいいでしょ。邪魔はしないよ」
晴美の力は強くなかったものの、琴星は勢いに任せて近くのテーブルにぶつかり、涙をぽろぽろとこぼした。
その泣き顔はとても切なくて、さらに周りの同情を引きつけていた。
「晴美、やりすぎだろ!」
晴美は頭が痛くなり、あの家族四人の幸せそうな様子に耐えられず、振り返らずに階段を上がりながら一言だけ残した。
「私、イチゴアレルギーよ」
部屋に戻ると、そこには琴星の荷物が山のようにあった。
すぐに美代子がついてきて、晴美の手を握った。
「晴美、お父さんを責めないで。
琴星が、あなたの部屋の陽当たりがよくて気に入ったと言ってたの。
刺激を与えたくなかったから、彼女の意向に従ったよ。
あなたの荷物は一階に移したわ。悪いけど、少しだけ我慢してね」
一人が悪役を、もう一人が善人を演じるなんて、本当に見事な連携プレーだ。
晴美は急いで一階に降りた。
彼女の荷物は小さな物置部屋に詰め込まれていた。
散らかった雑多な物の中で、晴美はずっと実験報告書を探していた。
それは研究室全体が半年間寝る間も惜しんで取り組んだ成果であり、彼女自身初めての特許でもあった。
リビングに戻った彼女は、報告書を持ち去ったのが琴星であることを確信していた。
「琴星、私の報告書、あなたが持ってったでしょ?」
琴星が口を開く前に、弘文が先に言った。
「俺たちがそれを琴星に渡したんだ。彼女は卒業にそれが必要だった。お前は優秀なんだから、もう一つ作ればいいだろう?」
晴美は拳を握りしめた。
「つまり、あなたたちは知ってたの?それって剽窃よ!」
弘文は一瞥もせずに言った。
「お前のすべては琴星のものだ。たかが報告書ひとつ、持っていったら何なんだ?」
晴美は怒りで全身を震わせた。
「それは私ひとりの成果じゃない、研究チーム全員の努力の結晶なのよ!琴星!返して!」
ウサギのように可憐な姿に戻った琴星は、美代子の胸に身を寄せ、さらに奥へと身をすくめた。
「晴美、あなたを二十年間育てたのよ?もう十分でしょう?今さら、琴星と張り合わないで」
晴美は言い負かされそうになり、仕方なく折れるしかなかった。
「補償したいなら、私の名義の財産も全て琴星にあげる。でも報告書だけは返して」
だが弘文は一歩も引かずに言った。
「財産は元から琴星のものだ。返すかどうかはお前が決めることじゃない」
目の前の弘文は、彼女が二十年間「父さん」と呼び、肩車をしてもらったあの父とは別人だった。
晴美の心は、完全に冷え切っていた。
彼女にはここにいる理由が何もなかった。
「わかった。ここに私の居場所がないのなら、出ていくわ。でも、私の報告書だけは絶対に渡さない」
晴美は怒りと悲しみに震えながらも、思わず笑ってしまった。
もし彼らが、自分たちの実の娘が本当は琴星ではないと知ったら、その時どうなってしまうのだろうか?
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