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死んだはずの夫に、もう愛はなかった第2話

この話は約1726字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

私は何でもないように鼻の下を拭った。

顔から血の気が引いているのが、自分でもわかった。

それでも小さく笑い、首を振る。

2年前。

闇カジノで立て続けに殴られ、私はとうとう意識を失った。

倒れていた私を蹴り起こしたオーナーは、こともなげに言った。

「医者が言ってたぞ。お前、がんだってな。もう治らないらしい。死ぬ前にせいぜい客の相手でもして、少しは稼いでくれよ」

その後、私はオーナーのベッドに送り込まれた。

妊娠すれば、流産するまで殴られる。

そうして稼いだ金で、痛み止めを買った。

最後に残った金は、たぶん骨壺を買うために消える。

鼻血を急いで拭い、汚れていないほうの手を差し出した。

いつもの作り笑いを浮かべた。

「600円です。お支払いはどうされますか?」

直人は、ぼろぼろになった私をじっと見つめていた。

握りしめた拳に、さらに力がこもる。

「お前、いったい……」

「まだ私たちのこと、怒ってるんだと思う」

結衣が申し訳なさそうに口を挟んだ。

そして600円を支払うと、私の手を取った。

「お姉ちゃん、もう家に帰ろうよ。お金なら家にいくらでもあるんだから」

口元には愛らしい笑みを浮かべながら、指先で私の手を強くつねった。

思わず、その手を振り払った。

すると直人が、すかさず結衣の前に立った。

「何かあるなら俺に言え。結衣には手を出すな」

母も、かつて友人だった人たちも、警戒するような目で私を見ている。

まるで、私だけが何をするかわからない危険人物みたいだった。

一瞬だけ呆然としたあと、私はそのまま個室を出た。

背後から、直人の怒鳴り声が飛んでくる。

「本当に帰らないつもりか?だったらもう二度と帰ってくるな!」

振り返らなかった。

医師から告げられた余命は、あと1週間。

どこにいようと、同じことだ。

翌日も、いつもどおり店へ向かった。

だが入り口で、支配人に呼び止められた。

「明日から来なくていい。神谷さんが違約金を払った。お前を雇うなってさ」

支配人は煙草の煙を吐き出しながら、面倒そうに私を見た。

「何やったんだよ。神谷さん、お前のこと相当嫌ってるみたいだぞ。もう適当にどっかで死ぬ場所でも探したら?」

私は必死に支配人の服をつかんだ。

必死のあまり、声が裏返った。

「クビにしないでください。まだ骨壺を買うお金を稼がなきゃいけないんです。どうしても辞めさせるなら、せめて今まで働いた分の給料を払ってください!」

次の瞬間、腹を強く蹴られた。

「酒運ぶ仕事がそんなに好きか?死ぬなら勝手にどっかで死ね!」

そう吐き捨てられ、私は店の外へ放り出された。

ふらつく足で、地下にある安アパートへ戻った。

ところが部屋の前まで来ると、私の荷物が廊下にめちゃくちゃに放り出されていた。

大家が入り口を塞ぎ、汚いものでも見るような顔で私を睨む。

「さっさと出てってくれ!これ以上、厄介事を持ち込まれちゃ困るんだよ!」

痩せ細った手の中には、残りわずかな薬だけがあった。

私みたいな人間が、いったい誰にどんな迷惑をかけるというのだろう。

顔を上げる。

街頭の大型ビジョンには、直人と結衣の結婚式を告知する映像が映し出されていた。

通りすがりの人たちが、興奮した声を上げている。

「神谷さん、婚約者のために6億円もするウェディングドレスを用意したんだって。すごくない?」

「結婚式も楽しみ。総額60億円らしいよ。もう別世界だよね。結衣さん、幸せだなあ」

……

私はポケットの中を探った。

残っていたのは、726円。

これでは、一番安い痛み止めさえ買えない。

そのとき、スマホに葬祭用品店から催促のメッセージが届いた。

【骨壺ひとつ買うのに、いつまで支払いを引き延ばすつもりですか。残金を早くお支払いください】

未払い額――1万600円。

病気の痛みには、ずっと涙ひとつ見せずに耐えてきた。

なのに、大型ビジョンに映し出される華やかな結婚式の映像を見ていると、急に涙が止まらなくなった。

震える手で、直人に電話をかける。

「どうして……私を店からも、部屋からも追い出したの?」

ところが電話の向こうから聞こえてきたのは、物が激しく壊れる音だった。

直人は取り乱したように怒鳴った。

「俺に言えって言っただろ!わざと惨めなふりをして、結衣を不倫相手みたいに叩かせて……それで満足か?」

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