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桜が散るように、想いを手放す第2話

この話は約2217字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

【知花旧居内装の再現】

エレベーターの中に立っていても、先ほど目にした文字が、未だに脳裏に焼き付いて離れない。

景吾が追いかけてきたのは、エレベーターのドアが閉まりかけた瞬間だ。無理やり手を伸ばしてドアを遮って、怒りを押し殺した声で言う。

「たかがプロジェクト名くらいで、文句を言うのか?」

彼の袖口で冷たく光るカフスボタンを見つめながら、静かに返す。「見ていたのね」

「見たからって、なんだよ?」彼はエレベーターの中に乗り込んで、荒々しく一階のボタンを押し直す。

「知花が前に住んでいたマンションはセンスが良かったから、デザイナーが設計の参考にするくらい、普通のことだろ」

「でも、ここは私たちの新居なのに、どうして彼女の昔の家を再現しなきゃいけないの?」

景吾はひどく億劫そうにこめかみを押す。

「お前はどうしてそういちいちムキになるんだ?家を買ったのも、内装の金を出したのも俺だ。俺が落ち着くデザインを選んで何が悪い?」

エレベーターのドアに映る自分の顔は、血の気が引いて青白い。「……わかった」

そのあまりに素直な返事に、彼はかえって不機嫌になる。「お前はいつもこうだ。泣きわめいて怒るわけでもない。そうやって黙り込むのが、一番うっとうしいんだよ」

一階に到着し、エレベーターのドアが開いてロビーに足を踏み出した瞬間、後ろから息を切らせて追いかけてきた知花の声が響く。

「景吾、莉桜を責めないで。全部私が悪いの」

彼女の手には、先ほどのあの鹿のオブジェが握られている。それを私に差し出す。

「これ、お詫びに受け取って。昔すごく気に入ってたんだけど、窓辺に置いたら似合うって景吾が言うから」

そのオブジェを見て、景吾の目元が一瞬だけ和らいだ。

ふと、3年前の誕生日に景吾からもらった桜のブローチを思い出す。あの時彼は「これを見ると、お前を思い出す」と言ってくれた。静かで、飽きがこなくて、出しゃばらないから、と。

だが、知花が帰国してから、あのブローチは二度と姿を見せなくなった。

私は受け取らなかった。「気に入ってるなら、持って帰れば」

知花の手が宙で固まる。景吾が代わりにそれを受け取って、冷たい声を出す。「せっかく知花が譲ってくれるって言っているんだから、受け取れ。せっかくの好意を無駄にするな」

彼を見つめ返す。「他人の使い古しなんていらない」

知花の顔からさっと血の気が引いていく。景吾の目の色が即座に変わる。「知花に謝れ」

エレベーターホールでは、まだ業者が行き来していて、先ほどのデザイナーもまだ遠くへは行っていない。何人かの視線が、ちらちらとこちらへ向けられる。

「どうして?」

「言い方がきつすぎるんだよ」景吾が私の肩を掴む。力任せではないが、後ずさることは許されない。

「知花は好意で手伝ってくれてるのに、なんだその当てつけがましい態度は」

知花が小さな声で言う。「もういいよ、景吾。莉桜を困らせたくないの」

それでも景吾は手を離さない。「俺が甘やかしすぎたんだ。最低限の礼儀くらいわきまえろ」

あのオブジェに視線を落とす。耳の部分が少し欠けていて、とても丁寧に修復された跡が表面に薄く残っている。

ふと知花が口を開く。「実はこのオブジェ、もともと景吾が私にくれたものなの。新居に飾っても似合うかなって思っただけで……」

「知花」景吾が眉をひそめる。

彼女は「しまった」という顔をして、慌てて目を伏せる。「ごめんなさい、そういう意味じゃなくて」

思わず乾いた笑いが出てしまう。単に自分の古い持ち物を私にくれるつもりではない。景吾が彼女に贈った思い出の品を、私の新居に飾ろうとしているのだ。

これ以上追及されるのが気まずかったのか、景吾は直接そのオブジェを私の手に押し付けてきた。「ほら、受け取れ。ただのオブジェだろ、これ以上騒ぐな」

硬い角が手のひらに食い込む。無理やり押し付けられた衝撃と痛みで、うまく握りしめることができず、オブジェは床に落ちて真っ二つに割れてしまった。

知花がはっと息を呑む。景吾の表情がさらに険しくなる。「お前」

しゃがみ込んで破片を拾い集めようとしたとき、欠けた断面で指先を切って、血が滲んだ。

景吾はそれに気づいて、指先をピクッと動かしたが、真っ先に知花を庇うように引き寄せた。「離れたほうがいい。怪我するぞ」

彼の背中に隠れながら知花が言う。「莉桜、私が嫌いなのは分かるけど、こんなことしなくても……」

手のひらの上に破片を拾い集めながら、私は淡々と言う。「いくら?弁償するわ」

景吾は血の滲む私の手元をじっと見つめ、何か言いたげに口元を歪めたが、結局は低い声で言う。「金の問題じゃないだろ」

「じゃあ、何の問題なの?」

彼は答えない。内装会社のデザイナーがおずおずとティッシュを差し出してくる。「林様、とりあえずこれで押さえてください」

景吾がそのティッシュを受け取って、私に渡そうとした瞬間、彼のスマホが鳴った。

画面を一瞥して、すぐに応答する。「ああ、おばさん。知花なら俺と一緒だから、心配しないで」

知花も身を乗り出して聞き耳を立てて、途端に表情を明るくした。電話越しの声は大きく、ここまで漏れ聞こえてくる。

「景吾と知花の新居は順調にできあがってる?今度帰ったら、真っ先に見せてちょうだいね」

破片を握りしめながら、顔を上げて景吾を見る。彼は一瞬だけ沈黙して、すぐに答える。

「もうすぐ終わる。そのときは知花も連れて帰るよ」

そうか。ここは景吾と知花の新居だったのか。

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