和紙文未来より長い、あの日の記憶 · 第3話設定≡

未来より長い、あの日の記憶第3話

この話は約2266字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

彩花が病院の廊下のベンチで丸くなって、うとうとし始めたその時、突然現れた悠斗に腕を掴まれ、無理やり立たされた。

彩花の前に立つ悠斗は、スーツをきっちりと着こなし、髪の乱れもなく完璧な姿だ。

彩花はとっさに悠斗の手首をつかみ返し、懇願する。「悠斗!早く支払いをして!お願いだから!」

しかし悠斗は、スマホを彩花の顔に突きつけながら怒鳴った。

「お前がやったことを見てみろ!」

何のことか分からなかった彩花は言われるがまま画面を見ると、それはネットニュースだった。

【衝撃!松浦グループの社長夫人、病院でいきなり脱衣】

添えられた写真の彩花の髪は乱れ、服もはだけている。

コメント欄もかなり炎上していて、ひどい憶測や嘲笑するもので溢れかえっていた。

彩花の瞳孔がきゅっと縮まる。そして、ゆっくりと顔を上げ、怒りに満ちた悠斗の顔を見た。

「それで?わざわざ、私に文句を言いに来たってわけ?」

悠斗は彩花のその態度にさらに腹を立て、彼女の手を振り払うと、厳しい声で問い詰め始めた。

「彩花、お前には恥というものがないのかよ。こんなはしたない真似をして、俺への当てつけのつもりなのか?これがうちの株価にどれだけ影響を与えたのか、分かってるのか?」

「はしたない真似?当てつけ?」

彩花は、その言葉を繰り返しながら声を詰まらせる。「あんなことでもしなければ、私たちの子供はもう、冷たい体になっていたっていうのに……」

悠斗は眉をひそめた。「何馬鹿なことを言ってるんだよ?」

「馬鹿なこと?」彩花は声を張りあげる。「病院は支払いが滞ってるからと言って、集中治療室の機械を止めたの。そして、あの子は機械なしじゃ20分も生きられないって先生は言った。それに、私があなたに電話をかけたら、なんだか知らないけど大層重要な会議に出ていたっていうじゃない?」

少し顔色を変えた悠斗は、無意識のうちに後ろの泉の方を見た。

泉はすぐにそっと下唇を噛んで、か細い声で言う。

「社長、私は会社の規則に厳密に従っただけです。会議中は、私的な電話ならばいかなる内容でも繋げるな、と。社長ご自身が、そうおっしゃいましたから……」

泉は一旦言葉を切って、ちらりと彩花を見た。「それに、彩花さんはずっと泣きながら電話を社長に代わってくれと叫ぶだけで、理由を聞いても何も答えてくれなかったんです。だから、こんなに緊急の事態だとは……」

泉の目は話せば話すほど赤くなり、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。

「だそうだ、彩花。ん?」

悠斗は彩花を振り返り、責めるような口調で言った。「河内さんはルール通りにやっただけ。お前が電話でちゃんと状況を説明していれば、彼女だって対応したはずだろ?」

怒りで全身が震える彩花は、泉を指差す。「悠斗、あなたは結局この女を庇ってるだけじゃないの!」

「彩花さん、なんてことを言うんですか!」

泉の目から、ついに涙がこぼれ落ちた。泉は悠斗に向き直り、声を詰まらせながら続ける。

「社長。この仕事、私には務まらないようです。なので、辞めさせてください」

「河内さん、何馬鹿なこと言ってるんだ」

悠斗はすぐに泉を宥める。その声は、彩花がもう長いこと聞いていなかった、優しい響きのものだった。

「明日の夜のチャリティーオークションに一緒に行こう。そこで気に入ったものがあったら、何でも選んでいいから」

涙を拭いながら笑顔を見せた泉は、恥ずかしそうに悠斗をちらりと見ると、小さく「はい」と頷く。

悠斗はカバンから書類を取り出すと、彩花の前に投げつけた。「サインしろ。そうすれば、すぐに支払いを済ませてやる」

彩花は集中治療室の固く閉ざされたドアを見上げる。他に選択肢はない。

彩花はペンを取り、一筆一筆と自分の名前を書き込んだ。

悠斗は満足そうに書類を取り返すと、泉に手渡す。「支払いを済ませてこい」

書類を受け取った泉だったが、集中治療室の窓ガラスの前で、わずかに足を止めた。

「しぶといわね。まだ死なないの?」

とても小さな声だったが、彩花の心を抉るには十分だった。

「殺してやる!」

彩花は叫びながら泉に飛びかかった。しかし、泉に触れるよりも先に、悠斗に強く突き飛ばされた。

ドンッ――

彩花の背中は壁に激しく打ちつけられた。あまりの痛みに息もできず、目の前がチカチカした。

悠斗が泉の前に立ちはだかる。「彩花、お前が人前で服を脱いで騒いだせいで、俺と松浦グループは街中の笑いものだ」

悠斗は一呼吸おいて続けた。「お前に1ヶ月間のチャンスをやるよ。この1ヶ月、お前の態度の改善が見られたら、離婚はしないでいてやる。もし、なんの改善も見られなかったら……その時は即離婚だからな」

彩花ははっと顔を上げ、信じられないというように悠斗を見つめた。

入籍した日、悠斗が自分を抱きしめながら言った言葉を思い出す。

「俺たちの世界に『離婚』なんて言葉は存在しない」

今思えば、なんて滑稽なことだったのだろうか。

しかし、悠斗の次の言葉は、離婚以上に彩花を屈辱の底に突き落とした。

「この1ヶ月間、俺が満足するような態度を見せれば、また俺の元に引き取ってやるからさ。せいぜい頑張れよ」

彩花は、足元から頭のてっぺんまで何か冷たいものが突き抜けるのを感じた。指先まで震える。

悠斗は自分を何だと思っているのだろう?故障して、修理が必要な商品だとでもいうのか?

そう言った悠斗は、もう彩花には目もくれず隣でおとなしくしている泉の肩を、当たり前のように抱き寄せた。

「さあ、俺たちはもう行こうか」

悠斗の体に寄り添う泉は、床に座り込んだままの彩花に、勝者の笑みを投げかけたのだった。

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)

第4話は公式アプリで

当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。

R45081
  1. 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
  2. アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
iPhone・iPad
で入手
Android
で入手

アプリで第4話を読む

作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。