月光は、いま遠く第2話
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氷川家は特殊な背景があり、その家の人間は国外に出ることができない。
この先、私と北斗が同じ道を歩むことは決してない――
まるで、あなたは西へ、私は東へ、もう交わることはないみたいに。
電話を切った後、ふと顔を上げると、ベッドサイドには北斗がこっそりキスしてくれた時の写真が飾られていた。
だけど今、あの北斗が日向詩織(ひなた しおり)と個室で熱いキスを交わしている光景を想像しただけで、その写真がとても嫌で、胸の奥がチクチクと痛んだ。
思わず、写真立てごとガラスのフレームを床に叩きつけて割ってしまう。
けれど、それだけでは全然気が済まなかった。
北斗が私のためにオーダーメイドしてくれたウエディングドレスや、二人で撮った結婚写真――
昨日受け取ったばかりで、別の部屋にしまってあったそれらを、勢いのまま全て引っ張り出し、高価なドレスはハサミで切り裂き、写真もひとつ残らず壊した。
部屋を出るとき、ふと目に入ったのは、棚の上に置かれたクリスタルのスノードーム。
それは去年、北斗の誕生日に私が特注したものだった。
透き通ったガラスの中には、寄り添う男女――
北斗と私が雪のような花に包まれ、まるで永遠を誓い合っているような、そんな姿だった。
かつての私は、北斗と生涯を共にできると、本気で思っていた。
でも今は、もう彼と一生を共にしたいなんて思えない。
スノードームを勢いよくつかみ、そのまま床に投げつけて割る。
それだけじゃない。北斗に贈ったありとあらゆる物を部屋中から集め、壊せるものは全部壊し、壊せないものはゴミ袋に詰めて捨てた。
――まるで、北斗を心の中から消し去りたくて必死になっているみたいだった。
そんなことをしていたら、あっという間に夜が更け、全てを片付け終えた頃には、すっかり朝に近い時間になっていた。
シャワーを浴びると、すぐに眠気が襲ってきた。
眠りに落ちかけたその時、不意に隣に人の気配を感じ、ベッドがふわりと沈んだ。
次の瞬間、スカートの裾に誰かの手が滑り込む――
「絵里……」
北斗の声。
昨日の夕方に求められたばかりなのに、もう欲しがっている。
彼は絵里の上に覆いかぶさりながら、激しく、そして優しくキスを重ねてくる。
彼の熱い唇は、絵里を絡め取るように何度もキスを重ね、まるで抜け出せない糸でしっかり縛られてしまったようだった。
以前なら、そんな北斗のキスが好きでたまらなかった。
夢中になって、理性なんて吹き飛んでしまうほどだった。
――でも今は、北斗が詩織とフレンチキスしている姿が脳裏に浮かぶだけで、どれだけ優しく抱きしめられても、ただ気持ち悪くてたまらない。
「……お腹が痛いの。今夜は無理」
「どこが痛い?」
絵里がそう言うと、北斗は途端に不安そうになって、枕元の灯りをつけると、そっと彼女を腕に包み込む。
その手のひらは温かく、何度もお腹を優しくさすってくれた。
「こうしてれば、少しは楽になる?」
絵里はしばらく黙ったまま、ただ無表情に北斗の顔を見つめた。
北斗は口元をきゅっと結び、その美しい瞳には、心配と優しさがにじんでいた。
まるで、本当に絵里のことを大切にしているみたいに。
――でも、男の優しさなんて演技できる。
北斗が全力で作り上げた優しい夢は、復讐のための罠にすぎない。
そう心に決めたから、もう抗う気力さえ湧いてこなかった。
うつむいたまま、心の奥に湧き上がる全ての感情を隠して、「……もう大丈夫」とだけ、淡々と答える。
「眠いから、もう寝るね」
「わかった。じゃあ、今日は絵里を抱いて寝るよ」
北斗は強い独占欲を滲ませながら絵里を抱きしめ、照明を消そうとした。
そのとき、彼のスマートフォンに通知音が響く。
画面に表示されたのは、「ドイツのお客さん」と登録されたLINEの友人。
以前からよくこの「ドイツのお客さん」からメッセージが来ていたが、仕事のやり取りだと思って特に気にも留めなかった。
だけど今夜、なんとなく胸騒ぎがして、思わず北斗のスマホの画面を見てしまった。
彼と「ドイツのお客さん」とは普段からドイツ語でやり取りしている。
画面に表示された新着メッセージ――
【北斗さん、前に言ってたコスプレ、着てみたよ。通販で買った猫のメイド服、届いたの。尻尾もあるよ……今夜、会いに来てくれる?】
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