月は私のもとを離れていった第3話
この話は約1505字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「……わかった」
私はうつむいたまま、淡々と父親と話したけれど、温かい涙は私の手の上に落ちてきた。
父親が私の手をそっとこじ開けて、私はようやく気づいた。自分の爪が、深く肉に食い込んでいたことに。
手のひらは血と肉でぐちゃぐちゃだった。
……
夜になって、文哉から電話がかかってきた。声はひどく焦っている。
「洋子、小春(こはる)がいなくなったんだ。
会社から帰ってきたら、もういなかった」
「……友達に送ったの」私はそう言って、文哉の言葉を遮った。
すると次の瞬間、怒りを帯びた女の声が受話器越しに響いてきた。
「江崎さん、ひどすぎない?どうして小春を人に送ったりするの?あまりにも無責任じゃないか?
そんなに長く小春を飼っていながら、少しも愛情が湧かなかったの?
どうして簡単に人に送ってしまうの」
陽菜が文哉のスマホを持って、そんなふうに私に言うことがつらいのか。
それとも、この時間に、彼女が文哉と一緒にいることがつらいのか。
どちらなのか自分でも分からなかった。
私はそれ以上聞かずに電話を切り、トイレに駆け込んで吐いた。
落ち着いてから、私は文哉の連絡先をすべてブラックリストに入れた。
莉里は私の気分が沈んでいるのを察して、買い物に行くという名目で私を家から連れ出してくれた。
私はあまり乗り気ではなかったけれど、付き合った。今日は天気がとても良かった。
莉里はおしゃれが好きで、高価なアクセサリーを買うのも好きだ。
彼女に付き添って宝石店でアクセサリーを見ていると、私も思わずその美しさに感嘆した。
私はアクセサリーに困ったことはない。一人娘で、ずっと江崎家に大切に育てられてきたから。
両親だけでなく、文哉も時々アクセサリーを贈ってくれた。その価値は、軽く数億円にも及ぶものだった。
母親の話では、文哉は子どもの頃から、よく私にいろいろなプレゼントを買ってくれていたらしい。
文哉が私にくれた物だけでも、部屋をいくつも埋められるほどだ。
それでも、私はきれいなアクセサリーを見るのは好きだった。
買い物を終えて、莉里と機嫌よく帰ろうとしたとき、突然一人の男が私の前に立った。
「江崎さん、なんでこんなところにいるんだ?」
顔を上げると、陽菜の弟の須崎和真(すざき かずま)だった。私は眉をひそめ、相手にしなかった。
無視されて、和真はなんと私の手首を掴もうとした。
すぐ横にいた莉里が素早く彼の手を掴んだ。「何するつもり?」
莉里の顔色は変わり、和真は一瞬動きを止めて手を引き抜いた。
「江崎さん、あなたみたいなお嬢様は、そんなに人を見下してるのか?挨拶してるのに返事もしないなんて」
私は和真を見つめ、目に冷たい光を浮かべた。
「あなたが何様?私が返事しなきゃいけない相手なの?」
周囲で見ていた店員が、思わず吹き出した。
この宝石店はうちの店で、私と莉里は時々来るから、店員たちも私を知っている。
私が和真を露骨に嫌がっているのを見ると、店員たちはすぐに彼を店の外へ追い出した。
大勢の前で追い出されて、和真は怒り心頭だった。
それでも彼は私に近づこうとして、今度はボディーガードにきっちりと止められた。
「江崎さん、そこまで人を侮辱するな!
だから文哉が、あなたは扱いにくいって言うんだ。あなた、甘やかされすぎだよ。自分を何様だと思ってるんだ」
莉里はその言葉を聞いて、思わず私のほうを見た。
莉里の視線に気づいて、私は慰めるように彼女の手を軽く叩いた。
「須崎さん、文哉がいなかったら、あなたみたいな人が私に会えると思う?」
……
和真は陽菜の弟で、陽菜の関係で、私と和真は何度か会ったことがある。
和真はいつも私を見下すような態度で、私のことをわがままで扱いにくいと思っている。
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