月は私のもとを離れていった第2話
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私が興奮して「私が育てる」と言い出したとき、文哉は笑って私の頭を撫でた。
「どうせ文哉がいるんだから。私ができなくても、文哉がやってくれるでしょ」
「まったく、君は」
……
私は猫を抱いたままぼんやりしていた。そこへ陽菜が出てきて、私が猫を抱いているのを見ると、足早にこちらへ来た。
「江崎さん、手を洗いに行ってください。もうご飯の時間よ」
陽菜は自然な動作で猫を抱き取った。猫はまったく嫌がる様子もなく、むしろ甘えるように彼女の胸にすり寄った。
この猫は実はとても人懐っこくなく、長い時間をかけて接しないと、相手に懐くことはない。
陽菜が手慣れた様子で餌をあげているのを見て、ずっと麻痺していたはずの心が、突然痛みを覚えた。
「食欲がないから、食べない」
そう言って私は文哉の家を出た。自分の家に戻って少しすると、文哉がインターホンを鳴らす音が聞こえた。
「洋子、また何を拗ねてるんだ?
キッチンでみんながあんなに忙しくしてたのは、君の退院祝いのためだろ?
どうして何も言わずに帰っちゃったんだ?
ちょっとひどくないか?
もう少し大人らしく振る舞えないのか」
私はずっと文哉を無視していた。彼の声が聞こえなくなってから、私は初めて自分の顔が涙で濡れていることに気づいた。
翌日、文哉が出勤したあと、私は彼の家へ行って猫を連れて帰った。
友人は猫が大好きだから、猫を彼女に託すのはいい選択だった。
猫を送り届けてから荷物をまとめ、私は実家へ戻った。
江崎家の別荘は華やかで、どこもかしこも精緻で上品だった。
隣は藤原家で、私と文哉は小さい頃からの幼なじみだ。
私たちを知っている人は皆、私がどれほど彼に可愛がられていたかを知っている。
子どもの頃から、私がいちばんくっついていたのは文哉だった。
母親の話によると、私が幼い頃に「将来の職業を占う」という行事で、私は何も選ばなかった。私はただひたすら文哉の方へ這っていき、彼を抱きしめて離さなかったという。
その時、私より三つ年上の文哉は、床に座ったまま私を抱えて、怖がったように一歩も動かなかった。
普段無表情な文哉が、こんなに緊張した表情を浮かべるのは初めてだったと、皆が言っていた。
今でもその話をする人がいる。
私が初めてしゃべった言葉は「ママ」でも「パパ」でもなく、「文哉」だった。
それで両親はずいぶんやきもちを焼いた。
別荘に戻るたび、私はどうしても文哉のことを思い出してしまう。
私が突然帰ってきたことを、両親は不思議がったが、それ以上に喜んでいた。
食事のあと、私は書斎に行って父親を探した。
「さあ言いなさい。さっきからずっと元気がないけど、外で何か嫌なことがあったのか」
私は何も言わず、文哉と陽菜の写真を父親の前に置いた。
にこにこしていた父親の顔は、少し親しげに写る二人を見るなり、さっと曇った。
文哉がどういう人間か、父親はよく知っている。
文哉にとって陽菜は特別なのだ。
その「特別」な扱いは、以前は私だけのものだった。
私は昔から、自分のものを他人に狙われるのが何より嫌いだった。おもちゃでも、服でも。
奪われるものなら、いらない。
この写真を父親に見せた意味はひとつだけ。文哉はいらない、ということだった。
父親はしばらく黙ってから口を開いた。
「洋子、どうしたいんだ」
「婚約を解消したい」
私と文哉は、大学に入ったあと付き合い始めた。
付き合ったその日に、文哉は家族を連れてうちに来て、婚約の話をした。
そのせいで父親はずいぶん彼を気に入らなかった。
「数日したら、文哉のお父さんが戻ってくる。そのときに、彼らと話しに行こう」父親はしばらく黙り込み、それからゆっくりと口を開いた。
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