月はかつて、君を想う第2話
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ステージの上では、二人が上質なスーツとドレスに身を包んでいる。
フラッシュと優雅なピアノの旋律に包まれ、その姿はまるでドラマの主役カップルのようにお似合いだ。
それに引き換え、私は長旅の疲れがにじみ出て、顔には倦みが残る。
壇下に立てば、まるで幸せな式をぶち壊しに来た悪役のように見える。
その場での押し問答が、さらに招待客たちの視線を集める。
やがて、ひそひそ声が耳に入ってくる。
「瀬戸汐里(せと しおり)ってどういうつもり?普段から実績がいいのをいいことに、社長に距離近すぎるのもどうかと思ってたけど、ついにプロポーズの場まで来るなんて……」
「ほんとよ。須藤さんが優しすぎるんだよね、あんなに長く張り付かれても我慢してるなんて」
「どうせまた辞めるとか言って社長に何か迫ってるんでしょ……」
嘲り混じりの言葉が、曲の合間に私の耳へ流れ込む。
社員たちが裏でこんなふうに私を見ていたなんて、初めて知る。
思えば当然かもしれない。遥香は入社以来ずっと慎也の秘書。
私はプロジェクトのため全国を飛び回り、会社に戻るのはせいぜい数日。
普段の彼の生活も私が管理しているが、私が不在の間は心配で、身の回りのことを遥香に任せてきた。
だからこそ、二人が付き合っていると思われているのだろう。
けれど胸がえぐられるのは、以前社員の一人が私と慎也の関係を疑った時のこと。
彼は激怒し、その社員を降格処分にし、給与停止まで行い、全社に通達して厳しく叱責した。再び同じことがあれば解雇だとまで言い渡した。
今耳にする噂からは、皆がすでに二人を恋人同士と見なしているのが分かる。
オフィスに常にいる慎也が、それに気づかないはずがない。
目を閉じると、先ほど遥香に指輪をはめた時の、あの幸せそうな笑顔が浮かぶ。
その瞬間、すべてが腑に落ちる。
彼は社員たちの誤解を知っている。むしろ、それを楽しんでいる。
そしてあの笑顔と、遥香を守ろうとする必死さは、私が一度も向けられたことのないもの。
入籍した日でさえ、彼は私の隣で無表情のまま、喜びの色など欠片も見せなかった。
ぼんやりしている私を見て、慎也は腕を引き、不機嫌そうに言う。
「……遥香に経営を学ばせたのは、会社で役に立ってもらうためだろ。連れ戻されたら、これまでの投資が無駄になる。
汐里、俺だって損失を抑えたいだけだ。落ち着いて考えろ、感情的になるな」
結婚して数年、彼が私を「汐里」と呼ぶことはほとんどない。
夫婦の営みにも、名字で呼ばれるだけ。
それが今日は、遥香のためにその呼び方を口にする。
取り繕ったような顔を見て、私が思わず笑ってしまう。
「何がおかしい?」
はっきり答えない私に、彼は眉を寄せ、警戒するような目を向ける。
その一瞬で、私はむしろ完全に冷静になる。
軽く息を吐き、これまで一生言うことはないと思っていた言葉を口にする。
「慎也、離婚しましょう」
言葉が落ちた瞬間、ピアノの音もぴたりと止まる。
「どういうつもりだ!こんなことで拗ねてるのか?」
静まり返った空間に、彼の怒声が響く。
私は言い争う気もなく、手を振りほどいてそのまま歩き出す。
彼はすぐ追いかけてくるが、口を開く前に、背後から震える声が彼の名を呼ぶ。
足を止め、ステージに一人残された遥香を見る。しばらく迷った末、私の背中を一度見やり、結局彼女の方へ向かっていく。
足音が遠ざかるにつれ、最後の期待も完全に消える。
私は自嘲気味に笑い、その場を後にしてタクシーを拾う。
家に戻っても休まず、わずかな荷物をまとめ始める。
長年一緒にいながら、私の持ち物は仕事用のスーツが数着と腕時計二本、簡単な化粧品だけ。
二人の関係を証明するものも、婚姻届受理証明書と、告白が成功した日に無理やり撮った写真しかない。
八年という時間が、二十四インチのスーツケース三つに収まる。
ソファに腰を下ろし、弁護士に連絡しようとした時、クッションの下に冷たい感触を覚える。
見れば、それはシャネルの口紅。
考える間もなく、慎也から電話がかかってくる。
反射的に出ると、彼は淡々と告げる。
「遥香が風に当たって少し体調を崩した。今から病院に連れていく。成林建設の中村社長との森ホテルでの打ち合わせは、お前が代わりに行け。
瀬戸、その案件を取ってくれたら、離婚の話はなかったことにしてやる」
恩を着せるような口調に、胸の冷えが増す。
以前はまだ形だけでも気遣う素振りがあった。
今は遥香の体調ばかり気にして、私はフランスから帰ったばかりで何日も休んでいないことなど、まるで頭にない。
しかも成林建設の中村社長は、業界でも有名な酒好きで女好き。
かつて何度も遥香に好意を示し、一晩付き合えば契約するとほのめかしていた。
それを知った私は激しく怒り、慎也に彼女を守るよう強く言った。
彼は眉をひそめて言い放つ。「これまで会社は遥香の支援に多額の費用を投じてきた。彼女も会社の一員である以上、会社のために力を尽くし、これまでの育成に報いるのが当然だろう。
成林建設プロジェクトは利益が大きい。これさえ手に入れれば、会社は向こう一年安泰だ。瀬戸、あまり正義の味方を気取って、感情的になるな」
私は激怒して言い争い、大きな口論になる。
それ以来、彼はこの話題を出さなくなる。私はてっきり諦めたのだと思っていた。
だが実際には諦めていないどころか、今度は私を差し出そうとしている。
私は思わず冷笑が漏れる。「自分の妻を餌にするなんて、本当にやることが徹底してるわね」
反発を感じ取ったのか、彼は説得を続ける。
「考えすぎだ。もう話はほとんどまとまってる。今日は契約するだけだ。
それに遥香は契約に弱い。お前は得意だろう。だから任せる」
さらに念押しするように言う。
「うまくいけば手柄は半分お前にやる。副社長に昇進させてもいい」
創業から今まで七年、会社の価値は億単位になっても、私はまだちっぽけなプロジェクトリーダー。
副社長という餌も、これが初めてではない。
だが今回は、断らない。
「分かった。時間通りに行く」
安堵した彼は、機嫌よく私を褒める。
私は軽く鼻で笑い、通話を切ると、口紅をゴミ箱へ放り込む。
ウェットティッシュで手を拭き、連絡先の中から名前のない番号を見つけて発信する。
「宇佐美社長、御社は副社長を探していると聞きました。フランス・マルセイユと成林建設の新規案件、私の実績として十分でしょうか」
誰かの空約束を待つより、自分で掴む方が早い。
彼が情を捨てるなら、私も遠慮なく自分を優先するだけ。
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