時は命の傷を癒さない第2話
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それは、私が書いた回想録だった。
精神科病院から逃げ出したあと、私は意識がぼんやりしていて、どこへ行く気にもなれなかった。
優奈の部屋で、この日記を書いたのだ。
怜司は身をかがめ、床に落ちた日記帳を拾った。
一ページ目を開いた途端、彼の顔色が険しくなった。
【瑶子がうちに来てから、お兄ちゃんと凛の視線はすっかり彼女に奪われてしまった】
【お兄ちゃんは私に約束してくれた。自分にとって一番大切な妹は私で、瑶子を引き取ったのは父の遺言だからだ、と】
【凛は瑶子をよく思っていなかった。彼女のことを、外聞の悪い愛人の子だと言っていた】
【でもそのあと、瑶子がぽろりと涙をこぼして「お姉ちゃんにいじめられた」と言っただけで、二人はあっさり彼女を信じた。私の味方だったはずなのに、いつの間にか私を責める側に回っていた】
そこまで読んだところで、怜司は続きを読むのをやめた。
彼は日記帳をゴミ箱へ投げ捨て、歯を食いしばった。
「梨央も、ずいぶん小細工を覚えたものだな。死んだふりだけじゃ足りず、今度は日記まで残して、俺たちと瑶子を仲違いさせるつもりか。
瑶子を一番傷つけてきたのは梨央だ。あいつがあそこまでしなければ、俺だってきつく当たったりしなかった」
怜司が当時のことを口にすると、凛の顔にも拭いきれない嫌悪が浮かんだ。
私の胸の奥には、苦いものだけが広がった。
昔の兄は確かに、私にきつい言葉なんて言わなかった。
彼は周囲でも有名な、妹を溺愛する兄だった。
思春期のころ、私が食事を抜いて痩せようとすると、彼はお粥を持ってきて、私をなだめながら食べさせた。
今のままで十分きれいだから痩せる必要なんてない、たとえ本当に太っても凛は将来ちゃんと私と結婚してくれる、と言ってくれた。
その日、うちで夕食を食べていた凛も笑っていた。
「そうだよ、梨央。どんなふうに変わっても、俺が好きになるのは君だけだよ」
けれどその後、私は何も変わらなかったのに、二人は瑶子の嘘を信じ、知らない人のように恐ろしくなっていった。
怜司が階下へ降りてくると、瑶子はわざと階段から転げ落ちた。
そして血の流れる頭を押さえながら泣いた。
「お兄ちゃん、助けて。お姉ちゃんが私を追い出そうとするの」
怜司に信じてもらうためだったのだろう。彼女は傷の手当ても受けず、足を引きずったまま食卓へ向かった。そして何事もなかったように、怜司の茶碗にご飯をよそった。
そして、いかにも哀れっぽく言った。
「私には、お兄ちゃんとお姉ちゃん以外、何もないの。お兄ちゃんが追い出さないでいてくれるなら、お手伝いさんみたいに働いたっていい」
凛が事故に遭い、病院で一か月寝込んだとき。
私は毎日、彼のために栄養食を作って病院へ届けた。
けれど彼が退院するその日、瑶子はわざと病室の入り口に立ち、自分の頬を叩いて、床に倒れ込みながら泣いた。
「お姉ちゃん、安心して。秘密はちゃんと守るから。凛さんには言わないよ。あの料理、全部私が作ったんだってこと」
何度も何度も繰り返される濡れ衣に、怜司と凛は少しずつ私に失望し、私の言葉をまったく信じなくなった。
最後には、瑶子の体が弱いという理由だけで、私がどれだけ嫌がっても、泣いてすがっても、二人は私を採血台に押さえつけた。そうして、瑶子のために私から血を抜かせるようになった。
玄関のチャイムが鳴り、私の思考を断ち切った。
怜司は優奈より先にドアを開けた。
外に立っていたのは瑶子だった。
彼女は丁寧に化粧をしていて、顔色にも肌つやにも陰りがなかった。大切に守られて暮らしてきた人の顔をしていた。
私の視線は、彼女が身につけているお守りのペンダントに落ちた。
指先が、掌に深く食い込む。
そのお守りは、凛が事故に遭い、医師から目覚めないかもしれないと言われたとき、私が神社に何度も通って、ようやく授かったものだった。
彼はそれを、肌身離さず持っていた。
初めて彼に無理やり血を抜かれた日、私は取り乱して、そのまま気を失った。
それでも彼は、そのお守りを私に渡そうとはしなかった。
けれど瑶子が、私から血をもらったと聞いて申し訳なさそうな顔をしただけで、凛は私の目の前で、あっさりそれを彼女に渡した。
瑶子の姿を見るなり、怜司と凛は心配そうに表情を変えた。
「瑶子、どうして来たんだ?」
瑶子は唇を噛み、目を赤くして言った。
「お姉ちゃんに許してもらいに来たの!」
優奈が歩み寄り、彼女をじろりと見た。
その口調に遠慮はなかった。
「梨央が生きてた頃は、被害者ぶってあの子を陥れてたくせに。死んだ相手にまで、今さら何の芝居をしてるの?」
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