時は命の傷を癒さない第3話
この話は約1955字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
その言葉が終わるより早く、優奈は怜司に強く突き飛ばされた。
「何をデタラメ言ってるんだ?」
不意を突かれた優奈は後ろへよろめき、腕が安っぽいテーブルの縁をかすめた。
白い肌に、一本の血の筋が浮かんだ。
私は慌てて彼女を支えようとした。
けれど、手のひらは彼女の体をすり抜けてしまった。
死んで二年経つのに、私はまだ少し慣れない。
息子は驚いて、わあわあと泣き出した。
けれど、誰もあやそうとはしなかった。
怜司も凛も、瑶子のことばかり気にかけていた。
瑶子をなだめ終えると、凛は険しい顔で優奈を見た。
「瑶子の体が弱いと知っていて、わざと刺激したんだな。やはり梨央と同じで、性根が腐っている」
優奈は床からゆっくり立ち上がった。
凛の嘲りを聞いて、その目に宿る憎しみはいっそう濃くなった。
「私がこの女に少し言い返しただけで性悪扱い?じゃあ、梨央をあそこまで追い詰めたあんたたちは何なのよ」
彼女は瑶子を指さし、涙を浮かべて笑った。
「この女、顔色もいいし、肌だってつやつやしてるじゃない。どこが死にかけの病人なのよ。
それなのに梨央は、あんたたちに悪女扱いされたまま、骨と皮だけになるまで追い詰められた。最後は出血多量で、助かるためのお金すらなく死んだのよ」
「でたらめを言うな!」
凛は考える間もなく遮った。
「梨央を懲らしめることはあっても、金に困るような真似までさせた覚えはない」
彼の口調は、まるで自分が正しいと疑っていないようだった。
けれど私は、彼の両手が止めようもなく震えているのを見た。
怜司の目の奥にすら、複雑な色が一瞬よぎった。
彼らは、私を心配しているのだろうか。
私はすぐに、その考えを打ち消した。
最初に私を無理やり瑶子のために採血させたときも、唇が白くなった私を見て、二人は同じような顔をした。
けれど、そのうち慣れてしまった。
私が抵抗して行きたがらないと、怜司は言った。
「少し血を抜くだけだろう。ちゃんと食べればすぐ戻る。大げさに騒ぐな」
私は凛のところへ行き、採血で青紫になった腕を見せた。
けれど彼は、軽く言っただけだった。
「内出血なんて数日で消える。一年もやっているのに、まだ慣れないのか?」
一度、私が怪我をして、輸血しなければ助からないことがあった。
それなのに二人はそろって、瑶子が私に血を分けるのを止めた。
「輸血は体に負担がかかるんだ。君は指先を少し切っただけでも、しばらく休ませなきゃいけないくらいなのに、そんな無理をさせられるわけがない。
梨央なら大丈夫だ。あいつは昔から体だけは丈夫だから、少しくらい怪我をしても平気だ」
私がどれだけ痛がっても、二人には見えていなかった。
見ようとしていなかった。
それなのに二人は、瑶子のためなら傷つくことさえ当然なのだと、私にも思い込ませようとした。
退院したあと、私は家を出た。
けれど、また二人に捕まって連れ戻された。
それから二年、二人の監視はいっそう厳しくなった。
私が逃げれば、瑶子のために血を差し出す人間がいなくなるからだ。
三年にわたって血を抜かれたあと、瑶子の体調はよくなり、凛と怜司は嬉しそうに彼女のためにお祝いをした。
私は40キロまで痩せ、入院した。
それでも二人は、見向きもしなかった。
私が一人で病室のベッドに横たわっていると、瑶子が入ってきた。
彼女は血色もよく、得意げに笑っていた。
「お姉ちゃん、いい加減わかりなよ。お兄ちゃんも凛さんも、もうあんたなんか見てない。この家に残って何になるの?出ていくなら、私が手伝ってあげる」
そう言うと、彼女はテーブルの上のナイフを手に取り、自分の肩へ突き刺した。
凛と怜司がそろって駆け込んできた。
瑶子の言葉ひとつで、私は彼女を殺そうとした加害者にされた。
どれだけ泣きながら説明しても、二人は信じなかった。
その夜のうちに、私は精神科病院へ送り込まれた。
私は行きたくなくて、凛の手に必死にしがみつき、泣きながら懇願した。
「凛、私たちは小さい頃から一緒に育ってきたでしょう。もう一度だけ、私を信じてくれない?」
凛は無表情のまま私を見た。
そして、私の指を一本ずつ引きはがした。
「梨央、お前は何度も瑶子を傷つけた。そんなお前の言葉を、今さらどう信じろっていうんだ」
私は怜司を呼んだ。
けれど兄は、冷たい視線ひとつ向けてくれなかった。
二人は去っていった。
そして私を、陽の光も届かない精神科病院へ置き去りにした。
私は、重い症状の患者たちと同じ部屋に閉じ込められた。
毎日殴られ、逃げようとすれば、待っていたのは電気を流されることだった。
四か月後、私はようやく隙を見つけた。
薬を配りに来た看護師を気絶させ、病院から逃げ出したのだ。
優奈は悲しげな顔をして、凛を見つめた。
「梨央はね、あんたのことを死ぬほど憎んでた。それでもあんたの子を産むしかなかった理由、わかる?」
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