和紙文時の流れに消えた夢 · 第2話設定≡

時の流れに消えた夢第2話

この話は約2620字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「正気か?!」純一の声が低くなった。「松尾がどんな男か知っているだろ?それに、あいつの手がどれだけ血に染まっているのか、君だって知らないわけじゃない。もし正体がバレたら、生きては帰ってこれないぞ!」

佳奈は何も言わずに、手に入れたばかりの鍵を強く握りしめる。

純一の言葉に、彼女は心臓が凍る思いだった。「それに、情報屋からの連絡が途絶えたんだ。だから、君のお兄さんの最後の足取りも、まだはっきりしないまま……」

電話を切ると佳奈はスマホをしまう。指の関節が白くなるほど強くこぶしを握りしめた。

もう2年になるのに。

自分は警察の身分を隠し、自ら仁の愛人としてそばに潜り込んだ。それでも、まだ兄の行方は掴めていなかった。

それに、仁から情報を得るという線はもう絶たれてしまった。だから自分は、手がかりに近づくための新しいチャンスを探す必要があった。

佳奈はあるバーを訪れた。ここは仁の息がかかった場所なので、ひょっとしたら何か手がかりを見つけられるかもしれない。

「松尾さんの今度の婚約相手、幼馴染なうえに家業も同じような感じらしいよ。それに、みんなこのこと知ってる?昔、松尾さん、実はある女のために堅気になろうとしたらしいんだけど、何かごたごたあったみたいで、結局別れちゃったらしい……」

「本当だとしたら、その女何にもわかってないよね。松尾さんは愛妻家としてこんなにも有名なのに。松尾家に嫁がなかったなんて、なんてもったいないことを」

「ほんとそれ。それに、なんでも土砂降りの中、松尾さんは気絶するまで土下座して引き止めたのに、その女は一度も振り返らなかったらしいよ。最悪すぎだと思わない?」

佳奈のグラスを握る手にぐっと力が入る。

自分と仁の間には、両親の命という決して越えられない壁があるのだ。だから、二人が同じ道を歩くことは絶対にない。

ぐっと一気に酒を煽ると、焼けるような熱さが喉を締め付ける。

「お姉さん、一人?」

ぼうっとしていると、安っぽい香水の匂いがして、いつの間にか椅子の背もたれに手が置かれていた。

佳奈は少し頭がくらくらして、なんだか体に力が入らない。相手の手をどかそうとしても、腕が上がらなかった。

そして次の瞬間、顎に激しい痛みが走る。骨が砕けたのではないかと思うほどの強い力だった。

顎を掴まれたまま、無理やり顔を上げさせられた。するとそこには、氷のように冷たい黒い瞳があった。

仁だ。

シャツのボタンを胸元まで開けている彼は、少し酔っているようだ。彼が言葉を発する度にかなりきつい酒の匂いがする。

「佳奈!俺と別れた途端に次の男とは。そんな男に飢えてるのか?」

声をかけてきた男が何か言おうと、口を開きかけたが、すぐに仁のそばにいたボディーガードによって蹴り倒された。

佳奈は痛みに眉をひそめる。しかし、その痛みのおかげか、お酒でぼんやりしていた意識がだいぶはっきりしてきた。

そして、なんとか仁の腕を振り払ったが、顎にはくっきりと赤い跡が残ってしまっていた。

「結構おせっかいなんだね」佳奈は口の端をゆがめる。「もう私たちは関係ないんだから、私が誰と一緒にいようと、あなたにとやかく言われる筋合いはないと思うんだけど」

「関係ない、だと?」仁は冷たく笑い、彼女に顔を近づけた。その声は、紙やすりのようにざらついている。「土下座までして、愛人にしてくれって頼んできたのはどこのどいつだったっけ?」

彼の言葉は、まるで平手でぶたれたかのような衝撃を佳奈に与えた。

顔からはサッと血の気が引き、佳奈は爪が食い込むほど手のひらを握りしめる。

そうだ、自分が頼んだのだ。

両親の死の真相と、兄の行方を探るために。自分はすべてのプライドを捨てて、仁にチャンスをくれと頼み込んだのだった。

仁がさらに言葉を続けようとしたとき、入り口のあたりが騒がしくなった。

「仁」

高慢で、有無を言わせないような女性の声が響いた。

周りで見ていた人たちも、自然と道を開ける。それは若葉だった。慣れた様子で仁の腕に絡みつき、視線を佳奈に向ける。

「こちらの方は?」

佳奈は顎をさすりながら、視線を下に向けコートの襟を直し、聞こえないふりをした。

「どうでもいい女だ」仁は佳奈を忌まわしげに一瞥すると、若葉の肩を優しく抱く。「若葉、どうしてこんな所に来たんだ?」

若葉は赤い唇の端を吊り上げ、佳奈を見下ろした。「婚約者の店なんだから、見に来るのは当然でしょ?自分の立場もわからないような女がうろついていないか確かめに、ね?横山さんもそう思うでしょ?」

佳奈はぐっと拳を握りしめ、必死で平静を装う。

「何を言っているのか、私には分からない」

若葉は、さらに笑みを深くした。「分からない?じゃあ、はっきりと言ってあげるわね。

仁から離れて。そして、あなたたちに関係があった事も、きれいさっぱり忘れてちょうだい!」

その瞬間、佳奈の顔から血の気が引いた。

仁は約束したはずだ。二人の関係は絶対に誰にも言わないと。

それなのに、なぜ……若葉が知っているのだ?

佳奈は刺されるような胸の痛みをこらえ、なんとか口元に笑みを作る。「岩崎さん、きっと何かの誤解だと思う。私たち、そんなことはまったく……」

しかしその言葉は、突然飛んできた平手打ちによって遮られた。顔を横にそむける佳奈の頬は、瞬く間に赤く腫れ上がる。

「誤解?」若葉からさっきまでのお淑やかだった態度が消えた。「これは、仁本人が教えてくれたことなんだけど」

佳奈は息をのんだ。胸の中から、心臓が砕け散る音が聞こえてきそうだった。

彼女は拳を固く握り、真っ赤になった目で仁を見つめる。

仁は視線をそらし、低い声で言った。「若葉は俺の婚約者だ。すべてを知る権利がある」

「横山さん、仁はこうも言ってたわ。あなたは、ただ少しだけ夜の相手が上手なだけで、他はそこら辺の女と変わらないってね」若葉は、なおも続ける。「機会があったら、ぜひそのテクニックを教えていただきたいわね」

彼女は妖艶に微笑んでいたが、その声には毒が含まれているようだった。

佳奈の胸に、ぽっかりと穴が空く。息をするたびに鈍い痛みが走り、痛くて言い返すこともできない。

「どうしたの?まさか、仁が本当にあなたのことを愛してくれるとでも思ったわけ?」若葉は腰をかがめ、佳奈の耳元で囁く。「自分の立場をわきまえてくれるかしら?ほんと、安っぽい女。

そういえば、ご両親を早くに亡くしたそうね。だからかしら?こんなにお行儀が悪くて、恥知らずなのは」

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)