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時が流れても、私は私でいられる第2話

この話は約1974字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

夜、繁人はいつものように帰ってこなかった。

けれど翌日、大学の創立記念式典で、私は意外な場面を目にしてしまった。

繁人が未来の手を引いたまま壇上に上がり、並んで寄付をしていた。

司会者に向かって、繁人はためらいもなく言った。

「未来は、俺にとってこの先もいちばん大事な人です」

その瞬間、私はふと、彼と結婚した頃のことを思い出した。

目立つのはいやだなんて彼が言ったから、結婚式に私は同級生を一人も呼ばなかった。

今思えば、あれでよかったのかもしれない。

視線を感じた繁人が客席を振り返り、私と目が合う。

眉がわずかに寄ったのに、未来の手は強く握ったまま放さない。

私は苦く息を吐いて、目を伏せた。そのまま校内の池のそばの芝生へ向かう。

しばらくして、背後から足音が近づいた。

「夏希、式典に来るなら言えよ。迎えに行けたのに」

手をつないでいたことについて何の説明もない。見られたことに慌てた様子すらない。

私は鼻で笑った。

「あなたの車に、まだ私の席ってあるの?」

繁人は眉間を指で押さえ、困ったみたいな顔を作る。

「夏希、そこまで言う必要あるか?前のお前はもっと気が利いてただろ」

前の私?

前の私は、繁人が私を泥の中から引っぱり上げてくれた神さまみたいだと思っていた。

繁人が笑えば私も笑って、繁人が曇れば私も沈んでいた。

目の中にも心の中にも、繁人しかいなかった。

自分の未来も、目標も、全部手放した。ただ、彼の背中だけを追いかけていた。

本当は、繁人が未来と一緒になりたいなら、ひと言言ってくれればよかった。私は喜んで身を引けたと思う。

だって今の結婚は、そもそも繁人と未来が別れたあと、彼女への当てつけで持ちかけたものだった。

そのとき私は、片想いのままずっと横で見ていた。全部わかっていたのに、それでも断れなかった。

今さら昔の気持ちが再び燃え上がったのなら、私にさっさと身を引けって急かしてくるはずだった。

なのに繁人は、その話を切り出すつもりはないらしい。

それが、私はどうにも分からなかった。

「繁人、こんなところにいたのね」

ハイヒールの音が鳴り、未来が繁人の背後から現れた。私を見て、少しだけ目を丸くする。

「え、夏希さんも来てたんだね」

そう言いながら繁人の前に回り込み、慣れた手つきで襟元を直す。

「学内の人が、一緒に写真撮りたいって。行こうか?」

繁人は私が返事をしないのを見ると、どこか落ち着かない顔で言い添えた。

「あとで一緒に帰る。待ってろよ」

すると未来が、笑いながら彼に一言添えた。

「でも繁人、このあと会議あるでしょ。夏希さんは一人でタクシーで帰ることになるんじゃない?」

それから、申し訳なさそうな顔を作って私を見る。

繁人が迷った、その瞬間だった。

未来が急に声を上げた。

「きゃっ、ヘビ!」

繁人は反射的に私を突き飛ばし、慌ててしゃがみ込むと、未来の腰に腕を回して抱え上げた。そのままコンクリートの通路まで駆ける。

池の縁に立っていた私は、突き飛ばされて、水へ落ちた。

夏の池の水は、本来ならぬるいはずなのに。それなのに私は、刺すような冷たさを感じた。

水面のきらめきがやけに眩しい。

見上げると、繁人がこちらを見ていた。目には罪悪感と焦りが混ざっている。

彼がこちらに向かって走り出すのが見えた。けれど私は先に岸へ這い上がった。

「夏希……悪い。気づかなかった」

私は口元だけで笑う。

「大丈夫。もう慣れてるから」

迷いなく私は背を向けた。

濡れた服が肌に貼りついて気持ち悪い。けれどそれ以上につらいのは心のほうだった。

そのまま、振り返らずに去った。

繁人は拳を握りしめた。たぶん、初めて私に距離を置かれていると感じたからだ。

私を追いかけて、捕まえて、ちゃんと問いただしたかったんだろう。

でも結局、未来のほうが気になって、追ってはこなかった。

代わりに、スマホに短いメッセージが届く。

【先に帰ってろ。あとで説明する】

私は小さく鼻で笑った。

説明?

未来を真っ先に守ったことの説明?

それとも、私を池に落としたことの説明?

どっちにしても、聞きたくない。

自分に都合のいい言い訳なんて、もううんざりするほど聞いてきた。

その夜、繁人は何か引っかかるものを抱えたまま、珍しく早く帰ってきた。

冷えた台所と、火の入っていないコンロ。

そして、私はテーブルでデリバリーの容器を前に、黙々と箸を動かしていた。

それを見た繁人の表情が、すっと落ち着く。

「俺がいないとき、お前はこんなふうに過ごしているのかよ。

これから家政婦でも頼むか。家事大変だろ。お前がしんどいの、俺が嫌なんだ」

箸を持つ手が、ぴたりと止まった。

なんて出来のいい夫だ。

昔の私は、こういう気にかけてるふりを本気で受け取って、いつの間にか情が移ったんだと思い込んだ。

だから、どんどん離れられなくなった。

でも、嘘は嘘だ。

私は口元を拭いて、ゆっくり顔を上げた。

「……離婚しよう」

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