昨日の花は燃えるように第2話
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時生は、雲里子の胸の内にある「別れ」にまるで気づいていなかった。
彼は微笑み、うなずいた。「そんなに時間がかかるなんて、きっと特別な贈り物なんだな」
時生は雲里子を抱き寄せた。彼は自分の秘密を巧みに隠せているつもりなのだろう。
だが、首筋に残る赤い痕はあまりにも鮮明で、雲里子の目には鋭く突き刺さった。
昨日、彼は雲里子を連れて維亜町のレストランで年越しのライトショーを見ようと誘った。
しかし、出かける直前に電話が入り、「会社の株が問題だ」と言い残し、慌ただしく飛び出して行った。
真夜中、枕元の電話が鳴った。雲里子が受話器を取っても誰も話さず、聞こえてきたのは男女の荒い息づかいだけだった。
――それは雲里子の前では決して出したことのない、時生の獣じみた声。「依蘭……お前は本当に魔性の女だ……」
二人の声が途切れると同時に、通話もぷつりと切れた。
時生の浮気を疑ってはいたが、証拠を突きつけられた瞬間、雲里子の涙は止められず、枕を濡らした。
夜が明けるとすぐ、彼女は家庭裁判所に訴状を提出し、そのあとで先生に電話をかけた。
今回の宇宙開発計画は栄誉あるものだが、命の危険も伴う。
雲里子も迷いはあった。
けど、あの夜に依蘭からかかってきた電話が、なぜか彼女に勇気を与えたのだ。
――心が死ぬという感覚を知ってしまった。ならば、もう恐れるものなどない。
胸の痛みを押し殺し、雲里子は時生を見上げた。「時生、私に隠してることはない?」
せめて最後に、彼に告白の機会を与えようと思った。
もし打ち明けてくれたなら、二人はせめて体面を保って別れられるかもしれない。
「雲里子、君には何も隠せないだろう」
時生は笑みを浮かべ、懐から紙袋を取り出した。「どら焼きだ。その人気の店で買った。まだ温かいよ」
その袋に記された店名は、さきほどテレビで依蘭が口にしていた、まさにその店のものだった。
雲里子はかすかに笑った。心の奥に残っていた最後の光は、静かに消えていった。「本当に……まだ温かいのね」
彼女は続けて言った。「でも、うちなら十数階も階段を登る必要はないから、楽でしょう?」
その一言に、時生は一瞬動きを止め、笑みを張りつかせた。
だが彼は流石にビジネスのエリットで、半秒もかからず表情を取り繕った。
彼は雲里子の鼻先を指で軽くなぞり、冗談めかして言った。「雲里子も、俺を他の男と比べるようになったのか?」
時生の瞳は深く、美しかった。
それもまた、雲里子が彼を愛した理由の一つだった。
だが昔の彼女は知らなかった。
――嘘をついている時でさえ、彼の目には愛が宿るのだということを。
「雲里子、今夜はグループの忘年会だ。ぜひ出席してほしい。出ないと、三流紙にまた『離婚騒動』なんて書かれてしまう」
雲里子は目を伏せた。
――あれが事実だったというのに。
だが醜聞が広まり、離婚後の生活に影響するのは避けたい。
雲里子は仕方なく、彼と仲睦まじい夫婦を演じることにした。
富士崎グループは神港市に根を張る財閥で、グループの忘年会も、各界の名士が一堂に会していた。
雲里子はもともとこうした社交の場に慣れていなくて、一通り挨拶を済ませると、デザートコーナーで休もうとした。
その時、背後から人影がぶつかり、グラス半分の赤ワインが胸元にこぼれ落ちた。
顔を上げると、そこにいたのは――依蘭。
「奥さん、本当にごめんなさい。ヒールがぐらついてしまって……」
彼女は何度も頭を下げ、その拍子に胸元が大きく開き、白い肌をあらわにした。
依蘭が三か月前にミス神港を受賞した際、いつも辛辣なメディアでさえ「彼女の美貌と魅力は男なら誰も抗えない」と書き立てたほどだ。
依蘭の視線には、時生を射抜くようなあからさまな色香が宿っていた。
「……ゴホン」
時生は喉を鳴らし、視線を逸らして低く言った。「どけ。雲里子の服が台無しだ」
依蘭はすぐにでも泣き出してくるようだった。「富士崎さん……ごめんなさい。あなたのズボンも汚れてしまいましたね。私が拭かせてください……」
そう言うと、彼女はその場に膝をつき、時生の腿に手を伸ばして乱暴に拭きはじめた。
「……っ」時生はどこかが触られたか、息を呑んだ。
「私は帰って着替えるわ」雲里子は手のひらを握りしめ、背を向けた。
「雲里子!」
時生は慌てて呼び止め、足早に追いかけた。「一緒に帰るよ」
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