昨日の影、過去の風第1話
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彼氏の誕生日パーティーの主役席で——私は、ひとり三時間も待ち続けていた。
華やかに着飾り、主役として登場するはずの彼——桐生律真(きりゅう・りつま)は、一本の電話で病院へと呼び出されていた。電話の相手は、彼が長年心に秘めていた初恋の人、藤崎詩織(ふじさき・しおり)。
足を捻ったという口実で、詩織は病院の個室で彼を待ち構え、自ら仕掛けたカメラの前で——彼にキスをねだった。
その唇が深く重なる頃——「足が不自由で立てない」はずの律真が、何の躊躇もなく立ち上がり、詩織を壁際に押し付けた。
「律真……どうして高梨文咲(たかなし・ふみさき)には、足が治ってることを隠してるの?」
詩織の問いに、彼は熱を帯びた声で囁いた。
「知られたら、結婚しろって騒ぎ出すに決まってるだろ。
あいつなんか、ただの無料の家政婦だ。俺が妻にする価値なんてない」
そして——彼と詩織は激しく絡み合い、詩織は私が心を込めてデザインした純白のウェディングドレスを身に纏いながら、カメラ目線で勝ち誇った笑みを浮かべた。
画面は、淫らな水音と共に途切れた。
そうか。彼は、最初からずっと私を騙していたんだ。
私は、彼のために作ったバースデーケーキを無言でゴミ箱に投げ捨て、震える指先で母にメッセージを送った。
「お母さん。わかった。お見合い、行くよ」
* * *
彼氏の誕生日パーティーの主役席で——私は、ひとり三時間も待ち続けていた。
華やかに着飾り、主役として登場するはずの彼——桐生律真(きりゅう・りつま)は、一本の電話で病院へと呼び出されていた。電話の相手は、彼が長年心に秘めていた初恋の人、藤崎詩織(ふじさき・しおり)。
足を捻ったという口実で、詩織は病院の個室で彼を待ち構え、自ら仕掛けたカメラの前で——彼にキスをねだった。
その唇が深く重なる頃——「足が不自由で立てない」はずの律真が、何の躊躇もなく立ち上がり、詩織を壁際に押し付けた。
「律真……どうして高梨文咲(たかなし・ふみさき)には、足が治ってることを隠してるの?」
詩織の問いに、彼は熱を帯びた声で囁いた。
「知られたら、結婚しろって騒ぎ出すに決まってるだろ。
あいつなんか、ただの無料の家政婦だ。俺が妻にする価値なんてない」
そして——彼と詩織は激しく絡み合い、詩織は私が心を込めてデザインした純白のウェディングドレスを身に纏いながら、カメラ目線で勝ち誇った笑みを浮かべた。
画面は、淫らな水音と共に途切れた。
そうか。彼は、最初からずっと私を騙していたんだ。
私は、彼のために作ったバースデーケーキを無言でゴミ箱に投げ捨て、震える指先で母にメッセージを送った。
「お母さん。わかった。お見合い、行くよ」
その直後——母からの音声メッセージが届いた。
驚きと嬉しさが入り混じった声で、母は言った。
「文咲、ようやく目が覚めたのね。前から言ってたでしょ、あの桐生なんか、あんたには全然釣り合わないって!
すぐにお見合い相手の連絡先を送るからね」
私は三日後に帰省すると伝え、通話を終えた。
そのタイミングで——部屋のドアノブがゆっくり回る音がした。
ドアを押し開けて入ってきたのは、例の動画の主人公——律真。
彼は相変わらず車椅子に座り、私がソファで座り込んでいるのを見て眉をひそめた。
「俺の誕生日を祝うんじゃなかったのか? いつまでボーッとしてるつもりだ」
ゴミ箱には、私が心を込めて作ったバースデーケーキが静かに横たわっていた。
私は律真をじっと見つめ、その視線を彼の足元に落とした。
一瞬だけ——彼の表情に動揺が走った。
目を逸らし、苛立った声を投げてくる。
「いいよ、最初からお前には期待してなかった。
腹減った。さっさと飯作れよ。そんな簡単なこともできないわけ?」
律真は当然のように命じた。
心が冷え切っていくのを感じた。
彼にとって、私は五年間付き合ってきた恋人ではない。
ただの無料の家政婦。
尽くすことが当然。支えることが義務。
彼の目には、私はただの便利な奴隷だった。
胸の奥が、少しずつ、確実に冷たく凍りついていく。
「なんで私に嘘をついたの?」そう問い詰めようとした瞬間——
もうどうでもよくなった。
彼の足が本当はどうなっていようと、知ったことじゃない。
どうせ、私はここを去るんだから。
そんなとき——ノックの音が響いた。
何の遠慮もなく入ってきたのは、藤崎詩織だった。
この重い空気に気づく様子もなく、律真の後ろに回り込むと、親しげにマフラーを巻き始める。
そして、わざとらしく私に目を向け——驚いたふりをする。
「文咲さんもいたんですね? 暇だったからマフラー編んでみたんです。律真さん、気に入ってくれるといいけど」
律真はちらりと私を見やり、微笑んで詩織に言う。
「詩織の手は本当に器用だな。いいセンスしてる」
二人の視線が絡み合った。
私はふと、彼女が持っているマフラーを見つめた。
そういえば、一週間前。私も律真にマフラーを編んで渡したのだった。
そのとき彼は——どうした?
嫌そうにマフラーを持ち上げ、まるでゴミでも見るような目で床に投げ捨てた。
嘲るような声で、こう言い放った。
「文咲、お前がマフラー編む暇があったら、もっと仕事に打ち込めよ。だから職場で疎まれるんだ」
私は黙って床に落ちたマフラーを拾い上げた。
その夜——彼はなぜか、ソファに置いたそのマフラーを手に取り、急いで外に出て行った。
口ではああ言っても、本当は気に入ってくれたのかもしれない。
そう思った私は、風邪を引かないようにと心配になり、そっと彼の後をつけた。
でも。彼はそのマフラーを外で待っていた詩織に、何のためらいもなく手渡した。
「詩織、ちょうどいいや。これ、お前にやるよ。わざわざ捨て犬の服買わなくて済むだろ。文咲が編んだマフラー、結構暖かいし。犬小屋にでも敷いとけ」
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