新婚旅行、即離婚第2話
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修也は顔色を失い、追いすがるように私の腕をつかんだ。そしてその場で、雨音の航空券を取り消してみせる。
スマホの画面を見せるようにして、必死に謝ってきた。
少し離れた場所で、雨音が目を赤くして、こちらを見ていた。
私は修也を睨みつけ、これが本当に最後だと、冷たく釘を刺す。
そう言い捨てて彼の手を振りほどき、そのまま保安検査場へ向かった。
機内に入ると、私はアイマスクをつけ、眠る準備をした。
ほどなくして、隣から小さなタップ音が聞こえてきた。
アイマスクをわずかにずらし、横目で覗いた。
修也は「あまねちゃん」というトーク画面に向かって、指を止めることなく打ち続けていた。
【泣かないで。全部、俺が悪い】
ただ、体の芯から冷えていく気がした。
視線に気づいた修也は、慌ててスマホを隠そうとする。
「……誰とやり取りしてるの?」氷みたいな声で、私は聞いた。
「……別に。取引先だよ」修也は、目を合わせようとしない。
私は小さく笑った。「あまねちゃんっていう取引先?」
修也の顔から、一気に血の気が引いた。
「文乃、誤解するな。あいつが思いつめないか、心配だっただけだ」
「もし、あいつが死にたいなんて言い出したら……あなたも一緒に死ぬつもり?」
思ったより声が大きくなり、前の席の人が振り返った。
「……声、抑えろよ」
体裁が崩れたのが分かったのか、修也の口調には苛立ちが滲む。
「せっかく新婚旅行に来たのに、いつまで雨音の話してるんだ?」
「……私が悪いっていうの?さっきまでこそこそ彼女にメッセージ送ってたのは、あなたでしょ」
私は静かに言い返した。
修也は眉を寄せた。
「ただの友だちだ。小さい頃からの付き合い、それだけだろ。なのに、なんで信じないんだ?
……少しは、分別ってものを持てよ」
――また、その言葉。
私は目を閉じた。もう、一言も交わしたくなかった。
飛行機が着陸し、ホテルの送迎車が到着する。
修也が私の手を取ろうとした。私は反射的に、それを振り払った。
ドアが開き、乗り込もうとして――
その場で、足が止まる。
車内には雨音がいた。にこにこと笑いながら、こちらを見ている。
その隣には、修也の幼なじみである中村晃(なかむら あきら)と小林健太(こばやし けんた)まで座っていた。
「文乃さん、偶然だな!」
私は勢いよく振り返り、修也を睨みつけた。
彼の顔が、わずかに引きつる。
雨音は車を降りると同時に修也の腕に絡みつき、勝ち誇ったように、私に向かって舌を出した。
「文乃さん、修也があとでこっそり呼んでくれたの。人数多いほうが楽しいし、文乃さんも嫌じゃないって言ってたよ。
文乃さんって、ほんと細かいよね。修也はやっぱり、私のこと放っておけないんだもん」
「……雨音、黙れ」
修也は慌てた様子で、言葉がうまく出てこない。
そのとき、車内から晃の声が飛んできた。
「修也、何とぼけてんだよ。飛行機代だって、お前が払ったんだろ」
血の気を失った修也の顔を見て、私は思わず、笑ってしまった。
――空港でのあの芝居。本当によく出来てた。
ホテルに戻っても、修也は私の後を追い、なおも言い訳を重ねる。
「あいつらが勝手に来たんだ。金だって、晃が俺に借りに来ただけで……雨音が来るなんて、俺も知らなかった」
私は何も言わず、その必死な演技を、ただ眺めていた。
「……言い終わった?」
修也が、言葉を失う。
「終わったなら、出てって」私は静かに、ドアを指さした。
全身の力を込めて、修也を廊下へ押し出す。
ドアを閉め、鍵をかける。
背中をドアに預けたまま、そのままずるずると床に座り込み――
ようやく、涙がこぼれ落ちた。
ドアの向こうからは、雨音たちの取りなす声と、修也の途切れることのないノックの音が聞こえてくる。
私はそれを、まるで聞こえないかのように無視した。
――二時間後。
着替えを済ませ、少し外の空気でも吸おうと部屋を出た。
ドアを開けた、その瞬間。
目の前に、修也が立っていた。
そしてその横で、布地がほとんどないビキニ姿の雨音が、わざとらしく修也の身体にすり寄っている。
「修也、今夜ちょっと泳ぎに行こうよ。大学のころみたいにさ」
雨音はそう言いながら、ちらりと私に視線を投げた。そこには、隠そうともしない挑発が滲んでいる。
修也は困ったように視線を泳がせ、「文乃が……」と言いかけて口をつぐんだ。
「文乃さんなら、別に平気ですよね?」雨音は、何も知らないふりをして、にこっと笑った。
私は二人の前まで歩み寄り、修也を真正面から見据えた。
「……行くの?」
「文乃、俺はただ、雨音の気分転換に付き合おうと思っただけで……」修也は、まだ言い訳を重ねようとする。
「この部屋から一歩でも出たら――私たちは、そこで終わり」
修也ははっとして、雨音を強く突き放した。
「……行かない。俺は行かない」
突然押しのけられた雨音は、よろめき、信じられないという顔で修也を見つめる。
次の瞬間、目元が一気に赤くなった。
悔しそうに私を一度だけ睨みつけ、雨音は何も言わず、その場を駆け去っていった。
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