新婚旅行、即離婚第1話
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入籍した翌日、私・黒沢文乃(くろさわ あやの)は二枚の航空券を握りしめ、空港で新婚の夫・黒沢修也(くろさわ しゅうや)を待っていた。
やがて彼が姿を現した。……ただし、一人ではなかった。
修也のすぐ後ろには、幼なじみの西村雨音(にしむら あまね)が立っていた。
「文乃……雨音がさ、つい最近失恋したばかりで」
修也は私の顔色をうかがいながら、言い訳めいた口調で続ける。
「一人で落ち込んでるみたいだから、気分転換に一緒に連れて行ってやりたくて」
雨音は、私とまったく同じデザインのビーチワンピースを身にまとい、申し訳なさそうに微笑んだ。
「文乃さん、ご迷惑じゃないですか?ただ、新婚さんの幸せ、少しだけ分けてもらえたらなって……」
その瞬間、修也の手に握られている航空券が目に入った。それは、私の隣の席のものらしかった。
座席番号は――16B。
私が16A、修也が16C。
つまり、彼は雨音を、私たち夫婦の間に座らせるつもりだったのだ。
その場に立ち尽くしたまま、足元から一気に怒りがこみ上げ、頭の奥がじりじりと熱くなる。
私は修也の腕をつかみ、人目を避けるように脇へ引き寄せ、声を落とした。
「……その子を、今すぐ帰して。それが無理なら――私が帰る」
修也は露骨に困った表情を浮かべ、ため息混じりに言った。「文乃、そんな言い方するなよ。ちょっと大人になれって。
雨音がさ、一人で家にいるのが怖いって言うんだ。だから俺たちと一緒にいれば、少しは気が紛れるかなって……
それに、俺と雨音は小さい頃からの付き合いだし、旅行くらい――」
「もういい」
私はきっぱりと遮った。
「帰ってもらわないなら、今すぐ離婚届を出しに行く」
* * *
入籍した翌日、私・黒沢文乃(くろさわ あやの)は二枚の航空券を握りしめ、空港で新婚の夫・黒沢修也(くろさわ しゅうや)を待っていた。
やがて彼が姿を現した。……ただし、一人ではなかった。
修也のすぐ後ろには、幼なじみの西村雨音(にしむら あまね)が立っていた。
「文乃……雨音がさ、つい最近失恋したばかりで」
修也は私の顔色をうかがいながら、言い訳めいた口調で続ける。
「一人で落ち込んでるみたいだから、気分転換に一緒に連れて行ってやりたくて」
雨音は、私とまったく同じデザインのビーチワンピースを身にまとい、申し訳なさそうに微笑んだ。
「文乃さん、ご迷惑じゃないですか?ただ、新婚さんの幸せ、少しだけ分けてもらえたらなって……」
その瞬間、修也の手に握られている航空券が目に入った。それは、私の隣の席のものらしかった。
座席番号は――16B。
私が16A、修也が16C。
つまり、彼は雨音を、私たち夫婦の間に座らせるつもりだったのだ。
その場に立ち尽くしたまま、足元から一気に怒りがこみ上げ、頭の奥がじりじりと熱くなる。
私は修也の腕をつかみ、人目を避けるように脇へ引き寄せ、声を落とした。
「……その子を、今すぐ帰して。それが無理なら――私が帰る」
修也は露骨に困った表情を浮かべ、ため息混じりに言った。「文乃、そんな言い方するなよ。ちょっと大人になれって。
雨音がさ、一人で家にいるのが怖いって言うんだ。だから俺たちと一緒にいれば、少しは気が紛れるかなって……
それに、俺と雨音は小さい頃からの付き合いだし、旅行くらい――」
「もういい」
私はきっぱりと遮った。
「帰ってもらわないなら、今すぐ離婚届を出しに行く」
修也が慌てて手を伸ばしてくる。私は半歩下がり、その手を避けた。
「こんなことで本気になるなよ。な?」
声だけは優しく、宥めるように落としてくる。
でも、私は何も答えなかった。ただ冷え切った目で、まっすぐに彼を見つめる。
その視線に耐えきれなくなったのか、修也は小さく息を吐いた。
「……わかった。雨音には俺から言う。帰ってもらうよ」
両手を軽く上げ、降参だと言わんばかりの仕草をする。
「文乃が一番大事だ。……これで、いいだろ?」
そう言い残し、修也は踵を返して雨音のもとへ歩いていった。周囲に聞こえないよう、声を落として。
雨音の肩が、みるみるうちに力なく落ちる。
顔を上げた瞬間、目元が一気に潤んだ。
「修也……もしかして、文乃さんが私のこと嫌い?
私、何か悪いことした?失恋したばかりで気持ちが沈んでて……ただ、二人の幸せにあやかりたかっただけなのに」
そう言いながら、彼女はちらりと私を見た。けれどすぐに視線を修也へ戻し、彼の腕に縋りつく。
「修也、文乃さん……私たちのこと、誤解してるんだよね。
ちゃんと説明してくれたんでしょう?それでも……文乃さんは、修也のこと、信じてくれないの?」
――また、その顔。
――また、その言い方。
頭の奥で、ぶつりと何かが切れた。
二か月前のことが、鮮明によみがえる。
雨音は大きなスーツケースを二つ引きずり、私と修也の新居の前に立っていた。
あのときも、今と同じ表情だった。
修也は私を抱き寄せたまま、痛ましそうに彼女を見つめていた。
「文乃、雨音、別れたばかりなんだ。しかも大家に追い出されてさ。この街で一人なんて、可哀想だろ。
仕事と部屋が見つかるまで、うちにいさせよう。見つかったら、すぐ出ていくって」
……結果はどうだった?
住み始めてから、彼女が出ていくと言ったことは、一度もない。
それから、入籍の半月前。結婚前のパーティー。
雨音は皆の前で目を潤ませ、修也を見上げた。
「文乃さんが羨ましい。修也みたいな、こんなに素敵な人と結婚できるなんて。
前に付き合ってた人なんて……修也が私にしてくれたことの、半分もしてくれなかった」
場の空気が、一瞬だけ妙にざわついた。
友だちが無責任に囃し立てる。
「ほらほら、一緒に飲めよ!」
「お祝いなんだから、いいじゃん!」
修也はグラスを手にしたまま、わずかにためらった。
……けれど。
雨音は当然のように彼の腕に絡みついた。
「いいじゃん、修也。新婚前のお祝いだよ。ほんの一杯だけ」
逃げ場を失ったみたいに、彼は周囲の空気に押されるまま、渋々グラスを傾けた。
そのあと、集合写真を撮ることになった。
次の瞬間、雨音は私を押しのけるように前へ出て、修也の隣にぴったりと身体を寄せた。
その夜、私たちはこれまでで一番激しい喧嘩をした。
「修也……距離感ってものが分からないの?」
「文乃、変に考えすぎだって。ふざけてただけだろ。昔から、俺たちこんな感じじゃないか」
その言葉に、身体の奥が怒りで震えた。
それから一週間、私たちはほとんど口を利かなかった。
冷え切った空気の中で、私は静かに荷物をまとめ、この関係を終わらせる覚悟を固めていた。
入籍前夜になって、ようやく修也が私を抱きしめ、頭を下げた。
「文乃、ごめん。俺が悪かった。これからは、ちゃんと距離を取る。
約束する。……もう、これが最後だ」
充血した彼の目を見て、私はその言葉を、信じてしまった。
――けれど今。
この空港のロビーで、その約束は、冗談みたいに軽い。
修也が雨音を見る目には、ただひたすらな痛ましさだけが滲んでいる。
その優しさは、私に向けられたものじゃない。
やがて彼は、私のほうへ戻ってきた。顔には、疲労がべったりと張りついている。
「文乃……ほら……雨音があんなに泣いてるし。だったら……」
最後まで聞く気にもなれず、私はそのまま出口へ向かって歩き出した。
「じゃあ、私は帰る」
振り返らずに、言い捨てる。
「二人で新婚旅行でも行けば?」
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