新婚旅行、即離婚第3話
この話は約2370字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
修也は、目に見えてほっとした様子だった。
「文乃……ほら。ちゃんと帰ってもらったんだし、もう怒るなよ」
その口ぶりには、謝罪の気配なんて微塵もない。
これ以上、言い争う気にもなれなかった。私は彼の手を振り払い、そのまま部屋へ入る。
ベッドに横になり、布団を頭まで引き上げた。
修也は、私が眠ったと思ったのだろう。
――どれくらい経ったのか。
突然の振動で、目が覚めた。
枕元に置かれた、修也のスマホだった。
画面が点灯していて、表示された名前が、やけに目に刺さる。
【あまねちゃん】
【修也、文乃さんにまた責められてない?】
私は、そのスマホを手に取った。ロックは、かかっていない。
……ずいぶん、私を信用しているらしい。
LINEを開き、指でゆっくり上へスクロールする。
そこには、私が眠っている間の二人のやり取りが、途切れることなく並んでいた。
雨音:【ごめんね修也。また文乃さんと喧嘩させちゃって】
修也:【気にすんな。文乃はああいう性格だろ。すぐ拗ねるし、面倒くさいんだよ。放っとけ】
――すぐ拗ねるし、面倒くさい。
修也の中で、私はそんな言葉で片づけられる存在らしい。
雨音:【全部私のせいだよ。どうしても行きたいって言ったから】
修也:【違う。呼んだのは俺だ】
修也:【やっぱりお前が一番だ。誰かさんみたいに、空気悪くしないし】
胸を、ぎゅっと掴まれたようだった。息が、うまく吸えない。
二人はそのまま、大学時代に一緒に旅行した思い出まで語り始める。
【あの頃はよかったな。二人きりだった】
……最初から、余計者だったのは、私のほうだったのだ。
私は表情を凍らせたまま、自分のスマホのカメラを起動する。
画面に残るやり取りを、一つ残らず、撮っていった。
それから、修也のスマホを元の位置へ、そっと戻す。
ほどなくして、修也が部屋へ戻ってきた。
修也は、無理に作った笑顔を顔に貼りつけて、「文乃、起きた?」と覗き込んできた。
伸ばされた手を、私はさっと避ける。その手は、さっきまで雨音の髪に触れていたのかもしれない。
「……どこ行くの?」と私は聞いた。
「晃たちに誘われたんだ。バーに行こうって。埋め合わせだってさ」
修也はどこか落ち着かない様子で、私と目を合わせようとしなかった。
私はその目を逃がさずに言った。「修也。私たち、新婚旅行で来てるんだよね」
修也は一瞬、言葉に詰まり――次の瞬間、苛立ちを隠さずに睨み返してきた。
「新婚旅行、新婚旅行って……少しくらい、俺に気を遣えよ。
誰と遊んだって同じだろ。なんで、ずっと二人で縛られてなきゃいけないんだ?」
そう吐き捨てると、修也はドアを乱暴に閉めて出ていった。
私は二分ほど待ち、足音を殺してその後を追った。
ホテルのオープンテラスバー。人混みの中でも、彼らはすぐに見つかった。
笑い声が絶えず、テーブルの中央では、王様ゲームで悪ノリしている。
「王様だー!」
誰かが声を上げ、周囲が一斉にどっと沸いた。
どうやら、王様は晃らしい。
晃はニヤニヤしながら周りを見回し、ゆっくりと雨音を指差した。
「じゃあ雨音。命令な」
一瞬、空気がざわつく。
「修也のベルト、外してみろよ」
「えー……もう、最低」
雨音はそう言って、照れたように笑った。
けれど次の瞬間、彼女はためらいもなく修也の前に膝をついた。
修也は止めるどころか、自然な仕草で雨音の腰に腕を回す。
囃し立てる声が重なり、場の熱が一気に上がった。
雨音は修也のシャツをはだけさせ、指先でゆっくりと腹部をなぞる。
そのまま手を下へ滑らせ、ベルトのバックルに指をかける。
修也は終始、彼女を見下ろしたまま。止める気配もなく、ただ許すような笑みを浮かべていた。
私は、その一部始終を最後まで見届けてから、何事もなかったかのように歩み寄り、空いていたボックス席に腰を下ろした。
その瞬間。
修也の表情が、はっきりと固まった。反射的に雨音から手を離し、わずかに距離を取る。
私が来るなんて、まるで想定外だったと言わんばかりの顔だ。
数秒間、気まずい沈黙が落ちた。晃が乾いた笑いを浮かべて、慌てて場を取り繕う。
「文乃さんも来たならさ、一緒にやろうぜ。王様ゲーム」
私は答えなかった。ただ、目の前のグラスを静かに持ち上げる。
誰かが無理やりテンションを戻そうとして、雨音に向かって声を上げた。「じゃあ次、命令な。ここにいる中で、一番好きなのは誰?」
雨音は一瞬、照れたように視線を伏せ、それから、わざとらしく修也を見上げた。
「私?私は……修也が一番好き」
そう言い切ると同時に、雨音は修也の胸元に顔を埋める。
修也はそれを拒むこともなく、甘やかすように笑って、雨音の髪をくしゃりと撫でた。
周囲から、一斉に囃し立てる声が上がる。
さらに誰かが、面白がるように続けた。「じゃあさ。一番、苦手なのは?」
雨音は首をかしげ、無垢そのものみたいな表情を作る。けれど、その視線だけは、はっきりと私に落ちていた。
「嫌いな人なんて、いないよ」
少し間を置いて、傷ついたみたいな口調のまま、続ける。
「ただね……自分が楽しくないからって、周りまで楽しませない人は、ちょっと怖いかな」
ボックス席の空気が、どっと笑いに包まれた。
その直後、次の王様が指したのは修也だった。
「修也、命令な」
晃が、にやついたまま言う。
「雨音にキスしろ」
雨音は口では、「文乃さんが見てるのに……」と言う。
けれど身体は、さらに修也へと寄り、顎を上げて、期待を隠さない目を向けた。
視線が、一点に集まる。
修也はグラスを手に取り、一口だけ飲んだ。
――それ以上、動かなかった。
空気が変わるのを感じたのか、晃が慌てて割って入る。
「いや、別のにしよう。今のナシ!」
場を取り繕うように、すぐ続ける。
そして、わざと軽い口調で言った。
「なあ修也。もしさ――結婚してなかったら」
一拍置いて、周りの反応を確かめる。
「雨音と、結婚してたと思う?」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
R73493- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。