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新婚旅行十回奪われ、私は妻であることをやめた第2話

この話は約1899字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

隆行の声はやけに大きく、道行く人々がちらちらとこちらを窺いながら、あれこれと囁き合っている。

事情も知らない赤の他人が、夫婦なのだから理解し合うべきだの、お医者さんが忙しいのは仕方ないだのと、誰もがしたり顔で私を諭してくるのだ。

私の胸の内がどれほど苦しく、軋んでいるかなど、彼らは知る由もない。

この名ばかりの結婚生活に、私がどれほど疲れ果てているかなんて、誰も知らないのだ。

だったら、行けばいい。手の届かないものに、これ以上背伸びしてまで手を伸ばすつもりはなかった。

「悪いとは思ってる。とりあえず今夜はホテルで休んでくれ。チケットは明日取り直せばいい。俺は家で待ってるから、帰ったらお前の好きなローストチキンを作るよ。じゃあな」

隆行はそそくさと人混みの中へ消えていく。

その遠ざかる背中が、焦った様子で梢に電話をかけているのが見えた。

一刻も早く、彼女の元へと戻りたいのだろう。

わざわざここまで来て、私に付き合うふりをしてくれただけでも、彼にとっては大した苦労だったに違いない。

ホテルの部屋に戻った後、私は勤め先の病院へ退職願を提出した。

院長からの返信は早かった。私が隆行と梢の関係から逃げているだけだと思い込んだ院長は、よく考え直すようにとメッセージで引き留めてきた。

私は手にしていた煙草を灰皿に押しつけ、自ら院長に電話をかけた。

「院長、これまで本当にお世話になりました。よく考えた上での決断です。決して衝動的なものではありません。

子供の頃から、ずっとやりたかったことなんです。誰のせいでもありませんし、価値のない人間のために、自分の人生を曲げるつもりもありません」

電話の向こうで数秒の沈黙が流れ、やがて深いため息が聞こえてきた。

「よく考えた末の結論なら、それでいい。ただ、退職は大きな決断だ。特に国境なき医師団での活動となれば、いつどこで危険な目に遭うかわからないからな。

隆行にはちゃんと話しておくんだぞ。どんな事情があるにせよ、夫婦なのだから、こんなことで揉めてはいけない。

晴加、君が自分の進むべき道を見つけられたこと、私は心から嬉しく思っているよ。結婚のことも、あまり思い詰めるんじゃない」

院長の穏やかな声には、いたわりと惜しむ気持ちが滲んでいた。私は小さく「はい」とだけ答え、こっそりと目尻からこぼれ落ちた涙を拭う。

「彼にはきちんと話します。院長も、どうかお元気で」

電話を切った後、私は机に突っ伏し、声を上げて泣き崩れた。

結婚して3年、付き合っていた期間を合わせれば5年になる。隆行との間には、それだけの月日と思い出が積み重なっていた。

このまま一生一緒に生きていくのだと、少しも疑っていなかった。それなのに結局、すべてが虚しく終わろうとしている。

窓の外では、いつの間にか小雨がぽつぽつと降り始めていた。スーツケースを開け、あらかじめ入念に用意しておいた旅行プランとワンピースを取り出すと、私は自嘲気味に笑った。

結婚したばかりの頃、私も隆行もようやく医師として働き始めたばかりで、毎日目が回るほど忙しく働いていた。

当然ながら、ウェディングフォトを撮る時間などあるはずもなかった。

それが、私がこれほどまでに新婚旅行にこだわり続けた理由でもある。

妻として、私は隆行と二人が一番輝いている瞬間を、どうしても形に残しておきたかったのだ。

隆行に申し訳ないという気持ちがあったからこそ、その分を埋め合わせたかった。

まさかその切実な気持ちが、彼にとってはただの重荷にしかならないなんて、思いもしなかった。

きっと彼は、心の中で何度も私に呆れ果てていたのだろう。いい大人が、いつまで新婚旅行なんかに執着しているんだ、と。

以前は彼を気遣って口に出せなかった。今はもう、口にする気すら起きない。

きっとこれが、私と隆行にとって、一番きれいな終わり方なのだろう。

……

翌朝、雨上がりの薄い霧の中を歩きながら、私は帰りの飛行機に乗り込んだ。

周りの乗客たちは口々に、旅の思い出だとか、通り過ぎてきた美しい景色だとかを楽しげに語り合っていたが、私はただ一度だけ、窓の下に広がる街を見下ろした。

かつて、一番の憧れだった場所。

何度も訪れては、その度に置き去りにされてきた場所。

もう二度と、ここへ来ることはないだろう。

数時間後、疲れ果てた体で家に帰り着いた。

隆行は明らかに一晩中帰っていなかった。家の中は何ひとつ変わらないままで、私が慌ただしく出て行った時に乱れたスリッパさえ、昨日のままの状態で玄関に残されている。

予想していた通りだった。それでも、胸の奥にちりちりとした苛立ちが込み上げてくるのを、どうしても抑えることができなかった。

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