新婚旅行十回奪われ、私は妻であることをやめた第3話
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夕方になって、隆行はようやく夕日を背に、部屋へ入ってきた。
昨日と同じシャツのままで、甘ったるい香水の匂いと、まだ微かに残る酒の匂いが混じり合って鼻を突く。思わず鼻を押さえてしまうほどだった。
「帰ったのね」
私の仕草に気づいたのか、彼はどこか気まずそうに襟元を整える。
「あっ……昨日、手術が終わったのがもう遅い時間でさ。それで科の連中と飲みに行ったんだよ。みんなに勧められて少し飲んじゃって、断りづらくて。それで帰れなかったんだ。
ちょっと酒臭いな。先にシャワーを浴びてくるよ」
私はしばらく何も答えなかった。隆行はバスタオルを引っ掴むと、逃げるように浴室へと駆け込んでいく。
彼が出てきた頃には、私はソファに座って出前の弁当を食べていた。
彼が部屋に入ってきた時、その手に食材の袋を持っていたことには気づいていた。
でも、私の心の中にはもう何の期待もなかった。
約束を破ることなど、隆行にとってはいつものことだ。
あの食材だって、私のために用意したものだとは到底思えない。彼の約束が意味を持つのは、梢に対してだけなのだから。
「今日は俺が作るって言っただろ」
意外にも、隆行は不機嫌そうに顔を曇らせると、私の出前を強引に取り上げた。
「晴加、また何を拗ねてるんだ?昨日のことは仕方のない緊急事態だっただろ。もう説明したじゃないか、緊急の患者が運ばれてきたって。お前だって医者なんだから、見殺しにしろって言うのか?
新婚旅行くらいのことに、なんでそんなにこだわってるんだよ。少し落ち着いたら必ず埋め合わせするから、それじゃダメなのか?」
彼の動きは荒々しく、濡れた髪から落ちる雫が容赦なく私に降りかかった。
冷たかった。今の私の心と、同じくらいに冷え切っていた。
「……返事しろよ」
苛立ちに任せ、彼は手にしたタオルをそのまま私に投げつけてくる。
痛みと冷たさが同時に襲いかかり、思わず目元を押さえると、涙が滲んだ。
「また何を勝手に想像してるんだ?そのゲスな勘繰り、いい加減にしてくれないか?俺と梢はただの師弟関係だ。彼女はまだ入局したばかりで何もわかってないんだから、少し面倒を見てやるのがそんなにおかしいか?
どうしてお前は、いつもそっちの方向にしか考えられないんだよ。自分がひねくれてるから、何を見ても汚く見えるんだな」
私が何も言わないうちから、彼は先回りして梢との関係を必死に否定してみせた。
見方を変えれば、それこそ彼にやましいところがあるという何よりの証拠ではないだろうか。
「私、1日中何も食べてないの」
力なくソファに座り込み、ゴミ箱に捨てられた出前に手を伸ばす。
疲れ果てていて、彼と言い合う気力すら残っていなかった。
隆行は一瞬固まると、後ろめたそうにティッシュを取り、私の顔に落ちた水滴を拭おうとした。
「その出前、もう汚れてるだろ。食べるなよ。とりあえず何かお菓子でもつまんでろ、俺、すぐ飯作るからさ」
伸びてきた彼の手をよけ、私は身を強張らせながらそっと後ずさった。
「いい、自分で拭くから。作りたいなら、さっさと作ってきてよ」
こんな見え透いた三文芝居を、これ以上見ていたくなかった。
本当は私から一刻も早く離れたいくせに、心配しているふりだけは決して欠かさない。
隆行、あなたのことが、私にはずっとわからなかった。
「わかった。すぐ作ってくるよ」
隆行はキッチンへ向かう前、出前の容器をまたゴミ箱の奥へと押し込んだ。
空腹を我慢しながら戸棚に何かないかと探していると、彼が部屋からスナック菓子をいくつか抱えて戻ってきて、私の前に並べる。
「適当につまんで腹の足しにしろよ。あんまり食べすぎるな、あとで飯が入らなくなるからな」
その目に浮かぶ気遣いはあまりにも真に迫っていて、私は心の底から彼の演技力に感心してしまった。
「あなたの後輩さんは、呼ばなくていいの?」
その一言に、背を向けかけていた隆行が勢いよく振り返る。今度こそ、その目に浮かんだ期待の光は本物だった。
「いいのか?」
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