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振り返ることなく第1話

この話は約1724字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

藤原和也と共に過ごした五年。

私は彼の信仰を尊重し、海外留学の機会を諦めた。

誰にも知られることのない白椿のように、ただ従順に彼の傍らに寄り添い続けた。

だが五年目、彼は別の女を愛した。

その女は太陽みたいに明るくて、まるで本物の白椿のようだったという。物分かりのいい女のふりをしている私とは、まるで違うと。

彼は彼女のために戒律を破って還俗し、仏堂を去った。

あまつさえ、女の妊娠が分かると、結婚まで約束した。

どうしようもない無念を胸に、私は噂の「白椿」を一目見に行った。

その夜、母の頭を銃弾が貫く写真が、私の元へ送りつけられた。

「これ以上恵の邪魔をするなら、次に写真に写るのはお前だ」

胃の腑がひっくり返るような衝撃に、私は気を失うまで吐き続けた。

次に目覚めた時、私は「恵」という存在を知った日に戻っていた。

すぐさま母を呼び戻し、海外のトップ校へ電話をかける。

「三日後、そちらへ向かいます」

* * *

「厳格な戒律を守り、生涯を仏に捧げると誓ったはずの孤高の僧侶が、愛のために還俗した……」そんなニュースの音声が、私の意識を叩き起こした。

まるで海の底から突き上げられた溺者のように、私は激しく息を吸い込んだ。

直後、腹部に猛烈な痛みが走る。

途切れ途切れの記憶が脳裏に流れ込んでくる中、私は病院の廊下に掲げられた日付に目をやった。

全身から、すっと血の気が引いていく。

七月十四日。私たちが付き合って、五年目の記念日。

あの日、私は妊娠検査薬を握りしめ、藤原和也(ふじはら かずや)に妊娠を告げるべきか迷っていた。

彼は仏に仕える身。俗世に染まらず、悩みに囚われることもない。

ましてや、この国の僧侶たちにとって、子孫を残すことなどあり得なかった。

それなのに、一人で思い悩んでいる、まさにその時。

和也は、別の女との関係を公にするのに忙しかったのだ。

私は手の中の妊娠検査薬を、指先が白くなるほど強く握りしめた。

家に帰ろうとした時、病院の玄関口に見慣れたカリナンが停まっているのが目に入った。

前の人生で、私は雪見恵(ゆきみ めぐみ)と同時にこの病院で妊婦健診を受けていた。

私を見かけて恵が気分を害することを恐れた彼は、部下に命じて私の口を塞がせ、階段の踊り場へと引きずり込ませた。

腹が床に擦れて血が滲む。どれだけ命乞いをし、助けを求めても、和也は無表情に私を見下ろすだけだった。

そして私は、下半身から血が流れ出し、小さな命が腹の中から消えていくのを、ただ見ていることしかできなかった……

悲しみに襲われ、私は慌てて病室へと身を隠す。

和也のすらりとした影が通り過ぎ、慣れ親しんだ白檀の香りが鼻を掠めた。

ドアの隙間から、そっと外を窺う。

恵は純白のワンピースを身にまとい、その顔には化粧の気配ひとつない。まるで咲き誇る白椿のようだ。

彼女は下腹部に手を当て、伏し目がちに呟いた。

「和也、私のために還俗までしてくださるなんて、申し訳なくて……もし仏様のお怒りに触れたら……」

和也は、彼が大切にしていた数珠を、そっと恵の手にかけた。

おどおどと怯える彼女の表情を見て、いつもは孤高で気高い彼が、思わず口元を緩め、恵の手をしっかりと支えた。

「心から愛し合う者たちは、仏様のご加護を得られるだろ」

心から、愛し合うって……

その言葉を反芻し、危うく大声で笑い出しそうになった。

和也は、私と体を重ねるたび、仏堂に籠って一晩中懺悔していた。

彼の身を案じて共に座禅を組もうとすると、彼は言ったのだ。

「これは、俺一人の過ちだ」と。

てっきり、私を苦しみに付き合わせたくなくて、一人で背負ってくれているのだとばかり思っていた。

だが、違ったのだ。

彼にとって、私との交わりは「原罪」だ。

恵との交わりこそが「真実の愛」。

私のことで仏に懺悔した男が、恵のために喜んで戒律を破り還俗するというのか。

和也は小さな花を取り出し、恵の耳元に飾った。

花のような俗物は最も好まないと、彼がかつて言っていたのを、私ははっきりと覚えているのに。

食いしばって切れてしまった下唇を、ひどくゆっくりと離す。気づけば、顔は涙でぐしょ濡れになっていた。

遠ざかっていく二人の背中を見送る。

私は振り返り、同情的な眼差しを向ける医師に向かって、決然と言い放った……

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