愛情値は満点でも、心はもう戻らない第3話
この話は約2476字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
京平と郁子は、大きな窓の前で一糸まとわぬ姿で、激しく絡み合っていた。静まり返った部屋に、艶めいた喘ぎ声だけが響いている。
「んっ……京平さん、今朝も車の中でしたばっかりなのに、まだ足りないの?」
京平の腰は止まることなく動き続け、片手で女の両手首を頭上に押さえつけ、もう片方の手で体を反転させて冷たい窓ガラスに押し付ける。
「これ、お前が望んだことじゃないのか?さっきテーブルの下で足を絡めて誘ってきたのはどこの誰だ?自分で火をつけたんだ、最後まで付き合ってもらうぞ」
郁子は大きく仰け反りながら、堪えきれない喘ぎを漏らし、ガラスに無数の手形をつけていく。
「あんっ、もうちょっと優しくして……っ。英理さんを起こしちゃう」
「大丈夫だ、あいつのミルクに睡眠薬を半錠混ぜておいた。起きるわけがない。それに唯人が部屋にいる。俺たちが下にいるのは知ってるから、英理が降りてこないようにしてくれる」
ふたりの動きはますます激しくなり、郁子の嬌声も次第に高まっていく。階段の陰に立っていた英理は、ついに力が抜け、ずるずると床へへたり込んだ。
口元を両手で覆い、涙が止めどなく溢れ出す。
屋敷の中は暖房が効いて暖かいはずなのに、英理はまるで外の雪原に放り出されたかのように感じていた。心臓ごと凍りついて、二度と動かなくなってしまいそうだった。
ふたりの関係をすでに知っていたとはいえ、京平が郁子とふしだらな時間を過ごすために自分に薬まで盛るとは、想像すらしていなかったのだ。
おまけに、自慢だったはずの「良い息子」までもが、ふたりのために見張り役を買って出ていた。
英理はよろめきながら立ち上がり、胸を引き裂くような痛みを無理やり抑え込んだ。
こんな100パーセントの好感度なんて、もう二度といらない。
翌朝、京平はまるで何事もなかったかのように、自ら朝食を作っていた。
英理が階下に降りると、味噌汁をお椀によそい、息を吹きかけて冷ましてから彼女の前に置く。
「ほら、食べてみろ。朝早く起きて作ったんだ」
本当に朝早く起きたのか、それとも昨夜郁子と一晩中絡み合って、一睡もしていないだけなのか。
英理は瞳に浮かんだ皮肉な色を隠し、黙って朝食を口に運んだ。
郁子が頬杖をついて、感慨深げに言った。
「京平さんって本当に細やかですね。でも私の彼氏も負けてませんよ。京平さんみたいな彼氏がいるなんて、私って幸せ者だなあ」
英理は箸を止め、どこか得意げな光をたたえた郁子の瞳を見返しながら、静かに尋ねた。
「あら、いつから彼氏がいたの?」
郁子は小さく笑った。
「フフ。2ヶ月前からです」
箸を握る英理の手に力がこもり、爪が知らず知らずのうちに、手のひらに食い込んだ。
2ヶ月前といえば、郁子がちょうど家に住み始めた頃だ。あの頃からもう、ふたりはそういう関係だったということか。
ちょうどテレビの朝のニュースが、芸能界で仲睦まじいと評判だった夫婦の破局を伝えていた。夫の浮気が原因で、妻は大きな傷を負い、海外で心理療法を受けているという。
英理は茶碗を置き、京平をまっすぐに見て尋ねた。
「一生ひとりの女しか愛さないと誓っておきながら、裏で別の女と関係を持つような男が、本当にいるのかしら」
京平が見つめ返す瞳には、相変わらず愛おしさが満ちていた。
「他の男のことは知らないが、俺は絶対にそんなことはしない。この一生、俺が愛するのはお前だけだ」
「じゃあ、もし私を愛さなくなったら……」
言い終わらないうちに、京平が慌てて遮った。
「そんなこと絶対ない!俺のお前への愛は、誰もが知っていることだ。他の女なんて全員束になっても、お前の足元にも及ばない!」
ちょうど目を覚まして階下に降りてきた唯人が、その言葉を耳にしてすかさず、英理の胸に飛び込んできた。
「ママ、安心して。僕がパパの証人になってあげる。パパの周りには他の女の人なんていないよ。会社の秘書さんだっておじさんばかりで、女の人はいないもん」
英理は皮肉に口の端を吊り上げた。
京平、唯人。嘘をついた人間には、いつか必ず報いが来るものよ。
「そうだ、朝食を食べたらスキー場に行かないか?
昨日は帰りが遅くなったからな。今日はちゃんと付き合って、改めて誕生日のお祝いをしよう」
唯人もキッチンからジュースを持ってきて手渡すと、彼女の腰に抱きついて甘えた。
「行こうよママ、スキーってすっごく楽しいんだよ」
郁子はうつむき、わざとらしく沈んだ様子を見せた。
「……私、生まれてからずっと、スキー場なんて行ったこともないんです」
京平が探るような口ぶりで切り出した。
「なあ、郁子も一緒に連れて行ってやったらどうだ。スキーを体験させてやろう。
それに郁子がいれば、いろいろと手配も手伝ってもらえて、都合がいいだろ」
唯人も期待に満ちた目で彼女を見つめてくる。
英理は小さく頷いた。
本当に都合のためなのか、それとも片時も郁子と離れたくないだけなのか。
もう、この親子の本当の思惑を探る気力もなかった。好きにさせておけばいい。
スキー場に着き、京平と唯人が車から降りると、郁子は自分の首に巻いていたマフラーをごく自然に外して、唯人の首に巻いてやり、続けて京平に暖かい飲み物を手渡した。
英理は、その流れるように自然な一連の仕草を、黙って見つめていた。
唯人は幼いながらも、北条家の人間以外に触れられるのをひどく嫌う子だったはずだ。
京平も6年前に飲み物に薬を盛られて以来、彼女以外の女が差し出す飲み物には決して口をつけない男だった。
それがたった2ヶ月で、郁子はこの父子にとって、英理以外の唯一の例外になっていた。
ふと、英理の目が郁子の手首で柔らかな光を放つものを捉えた。
「その手首につけてるの、何?」
郁子は白い手首を見せつけるように差し出した。そこには、大粒の真珠を連ねた高価そうなブレスレットがはめられており、言葉の端々にはどこか嫌味な含みがあった。
「これ、彼氏がくれたプレゼントなんです。デザインは彼の息子さんが選んでくれたんですよ。
息子さんは前の奥さんとの子なんですけど、もう内緒で私のことを『ママ』って呼んでくれてるんです」
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