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愛情値は満点でも、心はもう戻らない第1話

この話は約2238字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「攻略者様、北条京平(ほうじょう きょうへい)様のあなたへの好感度は依然として100パーセントのままです。それでも本当にこの世界から離脱なさいますか?」

北条英理(ほうじょう えり)の胸の奥に、じわりと苦いものが広がる。それでも彼女は、迷うことなく静かに頷いた。

「……ええ、決めたわ」

「承知いたしました。離脱ゲートは15日後に開放されます」

システムの声がふっと途絶え、部屋は再び静寂に包まれた。

英理の視線は、目の前のテーブルにぽつんと置かれたケーキへと落ちる。好感度100パーセント。そんな言葉が、頭の中を何度も駆け巡って離れない。

本来であれば、この上ない幸福をかみしめるべき言葉のはずだ。しかし今の英理にとって、これほど皮肉に響く言葉はほかに存在しなかった。

* * *

10年前、英理はシステムに導かれてこの世界へと降り立った。与えられた任務は、幼い頃に両親を目の前で喪い、その深い絶望から心を閉ざしてしまった京平を攻略することだった。

彼女は3年もの間、片時も離れることなく京平のそばに寄り添い続けた。両親の死という暗い影から彼を引きずり出し、ついには好感度を100パーセントにまで引き上げることに成功したのだ。

だが、3年という長い歳月をともに過ごすうちに、英理自身の胸の内にも本物の想いが芽生えていた。気づけば京平に深く恋をしていて、だからこそ彼女は元の世界へ帰らず、この世界に留まる道を選んだのだ。

京平もまた、英理のその想いに応えた。

北条グループに戻ってからというもの、周囲がどれほど政略結婚の相手を押し付けようとしても、彼はすべて冷たく突っぱねた。果ては秘書を全員男性に入れ替えるという徹底ぶりで、彼女への覚悟を示してみせたのだ。

だが、ふたりが結婚を決めたとき、北条の一族はこぞって反対の声を上げた。遊び相手ならともかく、正式に妻に迎えるなら家柄の釣り合う令嬢を選ぶべきだ。英理のような何も持たない女では到底ふさわしくない、と。

この世に唯一残された肉親である祖父でさえ、一族の無情な言い分を黙って認めた。

一族の同意を得るため、京平は後継者としての立場を懸け、家に伝わる厳しい制裁を受け入れることを決意した。

上半身裸のまま、竹刀で何度も背中を打たれる。

歯を食いしばって耐え抜いた彼の背中には、今も幾筋もの痛々しい傷跡が残っている。

そこまでしてようやく一族が示したのは、「正式な結婚は認めない。表には出さず、そばに置く程度なら黙認する」という、屈辱的な妥協案でしかなかった。

その言葉に、京平は激しい怒りを露わにした。

北条家の親族が集まる席で英理の手を固く握りしめたまま、後継者の座を捨てると宣言し、その場で家を出ることを決めたのである。

業界の人間たちはこの顛末を聞いて、京平のことを愚か者だと嘲笑った。使いきれないほどの莫大な財産を、たったひとりの女のために手放すなんて、と。中には、1年も経たずに京平が彼女に飽きるほうへ賭ける者までいた。

けれど京平は、その悪意ある賭けを見事に覆してみせた。

北条家を離れたのち、彼は自らの手で恋理グループを立ち上げ、あっという間に北条本家に匹敵する規模にまで育て上げたのだ。

結婚式の日、英理に何ひとつ不安のない確かな拠り所を用意してやりたいと、京平は恋理グループの株式をすべて彼女の名義に変更した。

結婚から2年目、ふたりの間に息子が生まれた。

出産の際、英理は大出血を起こして意識を失った。

京平は彼女の無事を願い、山の中にある神社へ続く長い石段を一段一段上りながら、何度も額が地面につくほど深く頭を下げ、必死に祈り続けたという。

英理が目を覚ますと、京平はようやく安堵したのか、それまでの恐怖が一気に押し寄せたように涙を流した。

彼女が再び同じ危険にさらされることを案じた京平は、その日の午後のうちに、迷わずパイプカットを受けていた。

息子の名前をつけるとき、京平が選んだのは「北条唯人(ほうじょう ゆいと)」だった。

自分の人生には、これから先もただひとり、英理だけがいればいい。そんな切実な想いを込めたのだと彼は言った。

世間の声も、当初の懐疑的な視線から一転し、今ではふたりの間にある本物の愛を羨む声へと変わっていた。京平のことを、上流社会でもめったにいないほどの一途な男だと、誰もが褒めそやした。

けれど、誰も知らなかった。外から見れば非の打ちどころのない一途な男、その京平が、家に居候させていた奨学生の関野郁子(せきの いくこ)と体の関係を持っていたことを。

命がけで産んだはずの息子でさえ、とうにその事実を知りながら、あろうことか京平に加担し、それを英理の前で隠す側に回っていたのだ。

その残酷な事実を知ったとき、英理はシステムに頼んで、京平の自分への好感度をもう一度調べてもらった。

システムの答えは、変わらず100パーセントだった。

納得できず結果を疑う英理に、システムは幾度となく再検証を重ねた末の数値だと、淡々と繰り返すだけだった。

けれど英理には、どうしても理解できなかった。好感度が100パーセントだというのなら、どうして京平は他の女を抱くことができたのだろう。

まさか本当に、体と心を完全に切り離せる人間がいるとでもいうのだろうか。

京平の裏切りを知ってからというもの、英理は毎日を底なしの苦痛と葛藤の中で過ごしてきた。

そして今日、彼女はついに覚悟を決めた。この世界を去り、京平と唯人、あの見せかけだけの白々しい父子に、二度と自分を見つけさせはしないと。

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