愛人を家に連れ込んだ夫を刑務所送りにした話第2話
この話は約2134字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
その夜、私は食卓に料理を並べた。
真凛が、ブロッコリーを一箸、渉の茶碗によそった。
かつて大嫌いだったブロッコリーを、今では彼は美味しそうに食べている。
「料理の腕、上がったな」
渉は真凛に料理を取り分けながら、私におざなりな褒め言葉をかけた。
真凛は甘えた笑みでそれを受け、そして私を見て眉をひそめた。
「柚木さん、お料理の腕は確かですけど……このエビ、剥き方が雑ですね」
そう言うと、エビをお皿に戻し、嫌そうな顔をした。
渉はすぐに表情を引き締め、私を責めるような口調で言った。
「柚木、どういうことだッ!?エビ一匹も、きちんと剥けないのか?」
私はうつむき、皿に戻されたそのエビを見つめた。
それは、渉が以前、こだわって食べていたエビの塩茹でだった。
付き合っていた頃、エビを食べる時はいつも彼が剥いて、私の口に運んでくれた。
「君の手は絵を描くためのものだ、エビ剥きみたいなことは、夫の役目だ」と。
今、その絵を描く手はエビを剥き、さらにけなされるまでになった。
夫という存在は、無言のまま愛人の傍に立ち、私を辱めた。
「……もう一度、剥き直す」
私はもう一匹のエビを取り、鋭い殻の縁が指先を切った。
鮮明な痛みが、混濁した思考を引き裂いた。
真っ赤な血のしずくがにじみ出て、白いエビの身を染めていった。
私は指先の痛みを感じ、無意識に手を振って、その血のついたエビ肉を彼の前に投げてしまった。渉は眉をひそめ、顔に嫌悪を浮かべた。
そしてため息をつき、ティッシュを差し出した。
「どうしてそんなに不注意なんだ。次からこんな手間のかかるものは作るな。最初から剥きエビを買ってくればいいのに」
上辺だけの心遣いだった。
渉は忘れている。昔、「剥きエビは鮮度が落ちる」と彼自身が言ったことを。
渉は忘れている。「これからずっと、エビは俺が剥く」と約束したことを。
彼の愛情は、剥きエビよりも早く鮮度が落ちた。口先の約束だけが、いつまでも重くのしかかる。
かつての私は、彼の口から出る「一生」という言葉を、愚かにも信じ込んでいた。
私は紙でその血まみれのエビを包み、ゴミ箱に捨てた。彼が触れた手の甲を、こすりながら拭った。
彼は私の感情にまったく気づかず、真凛に優しい笑みを向けた。
「柚木は過保護に育てられてきたもんで、こういう手の込んだものが苦手なんだ。君にまで粗末なものを食わせて悪かったな……外に食べに行こう!真凛が好きなあの店を予約してあるんだ」
その言葉を聞いて、私は思わず渉を見上げた。
彼をますます理解できなくなっていると感じた。最初からお店を予約したのなら、なぜわざわざ私をこんな風に苦しめる必要があるのか?
「君は家で食ってろ。もったいないから、残すな」
彼は私を一瞥し、立ち上がると、丁寧に真凛の椅子を引き、二人は親密に寄り添いながら去っていった。
最初から最後まで、彼は一度も私を見ようとはしなかった。
代わりに真凛が振り返り、挑発的に私に向かって声にならない言葉を口にした。
「あなたの負けよ」
ドアがバタンと閉まった。彼らの去っていく背中が、視界から消えた。
ふと、全ての辻褄が合った。そうか、こういうことだったのか。
真凛は若くて不安を抱えている。
渉は、私のお腹の子を手放せず、かといって真凛を傷つけることも忍びない。
だからこそ、彼は真凛のわがままを黙認し、あの醜い芝居を通じて、ただ一つのメッセージを送ろうとしたのだ――「柚木なんかより、真凛の方がずっと大切だ」と。
私は食卓に並んだ料理と、指先の小さな傷を見つめた。
この瞬間、泣かなかった。ただ、あまりに荒唐無稽で笑える、と感じた。
彼は最も優しい口調で、最も傷つく言葉を口にし、最も思いやりのある仕草で、最も残酷なことをした。
ふと目を上げると、ソファの上に置かれたレースのパンティーがひときわ異様に目に飛び込んできた。
心底、吐き気がする。
私はすっかり食欲を失い、テーブルの上の料理をすべてゴミ箱に捨てた。
そしてスマートフォンを取り出し、一本の電話をかけた。
「父さん、私、会社に入りたい」
電話の向こうで、父は長い間沈黙した。
「……あいつが、柚木を傷つけたのか?」
父の声には、抑えきれない怒りが込められている。
私はたまっていたものを吐き出すように話し始めた。声にはわずかな震えがあったが、それ以上に冷たい決意が滲んでいる。
「父さん、彼、浮気している。それだけじゃない……こっそり、うちの会社を乗っ取ろうとしてるんだ。彼の会社で現在進行してる新プロジェクトを調べたら、全部――!うちの資金を食い物にした企みだった!」
電話の向こうから、何かが握りつぶされるような鈍い音がし、続いて父の怒涛のような怒りが爆発した。
「あの……卑劣な裏切り者めーー!すぐにでもあいつとの取引を全部ぶった切る!離婚?!そんなのは当然だろッ!父さんが迎えに行くから!」
「それじゃ……彼には安すぎるくらい」
私は、氷のように冷静に言い切った。
「父さん、彼に代償を払わせたい。すべてを……」
「わかった!柚木、父さんにできることがあれば、何でも言ってくれ」
ベッドサイドに飾られた、幸せだった頃のウェディングフォトが目に入った。手を伸ばし、躊躇いなく、ばったりと伏せた。
今度こそ、こっちがすべてを取り戻す番だ。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)