愛を捨てて、それぞれの道へ第2話
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私は駿介の形だけの「妻」だ。
何年もの間、その肩書きは目に見えない網となって私を縛り付け、息もできないほど苦しめてきた。
私たちが出会ったのは大学で、当時私は駿介より学年が下で、同じ経済学部で学んでいた。
私の父は、かつて宮城家で十数年も運転手を務めていた、家族同然の存在だった。
数年前、私の父は偶然の事故で彼の父の命を救った。
その恩義が原因で、駿介の父が亡くなる際、私たちが結婚することを望んだのだ。
当時の駿介は、初恋の人が事故で亡くなった喪失感で、魂が抜け殻のようになっていた。
その辛い日々を私が支え、少しずつ彼が日常を取り戻せるよう寄り添い続けた。
父の代からの繋がりという圧力か、それとも将来への諦めか、彼はなし崩し的にこの縁談を受け入れた。
周囲は私たちの関係を夫婦だと思っているかもしれない。だが、実は私たちは入籍すらしていないばかりか、一度も夫婦として結ばれることすらなかったのだ。
そのことについて尋ねても、彼はいつも仕事が軌道に乗るまでと、はぐらかし続けてきた。
彼がこの縁談を受け入れたのは、少なくとも私にわずかな情があったからだと思っていた。あの頃、そばに寄り添い、尽くし続けた私の想いが、知らぬ間に彼の心を少しは動かしていたのかもしれない、と。
やがて私は、有望な就職先を全て蹴り、大学卒業と同時に駿介のIT会社に入社した。
少しでも会社の助けになればと、また駿介の父が亡くなった後の会社の混乱を抑えるために。
彼との関係が社内に知れ渡ったのは本意ではなかった。だが、その一件で私は完全に同僚たちの反感を買うことになり、社の鼻つまみ者となってしまった。
それでも私は諦めなかった。仕事で結果を出し、家でも懸命に尽くせば、いつか駿介が振り向いてくれると信じていたからだ。
しかし紗雪が現れたとき、いくら努力しても、凍りついた彼の心は溶かせないと悟った。
私は荷物をまとめ、迷わず会社を後にした。
ビルの外に出てすぐに、迷うことなくスマホを取り出し、退職届を送信した。人事担当者からの承認も、驚くほどあっさりと下りた。
私がいなくなることに、駿介が嘲笑う顔が目に浮かぶ。
けれど今は、そんなことはもうどうでもよかった。
私は同僚たちに、「同棲している」と思われているあの家へと戻った。
本当はただのシェアハウスに過ぎない。
慣れ親しんだ家具を最後に見渡し、僅かな私物をまとめて家を出る準備をした。
新しい住まいへ向かう道すがら、無性に酒が飲みたくなり、寄り道して買い込んだ。
飲み過ぎて意識が遠のく中、無駄に過ごした歳月を悔やみ、同時に自由になれた自分を祝った。
朦朧とした意識の中で、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「ちょっと、どうしたんですか?そんな所で倒れていたら危ないですよ!
どこか具合が悪いんですか?」
頭を押さえて目を開けると、若く整った顔立ちの男が心配そうに水を差し出してくれていた。
「どちら様ですか?」
彼は意外そうに後頭部を掻き、照れくさそうに笑った。
「大家さんから聞いていませんか?前の入居者の、一ノ瀬星弥(いちのせ せいや)です。忘れ物を取りに戻ってきまして」
私は眉をひそめてスマホを確認した。大家からのメッセージと、不在着信がいくつも残っていた。
その時は酒を飲んで熟睡していたため、まったく気づかなかったのだろう。
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