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愛を値踏みした夫に、さよならを第2話

この話は約2051字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

翌朝、空が白み始めたばかりの頃、亜美からLINEが届いた。

【沙耶さん、お腹がすごく痛くて……盲腸かもしれません】

【一人暮らしで、もし何かあったらと思うと怖くて……病院まで付き添ってもらえませんか?】

画面を見つめたまま、しばらく指が動かなかった。

結局、私は亜美に付き添って病院へ行くことにした。

病院に着いた頃には朝の受付が始まっていて、院内はすでに多くの人でざわついていた。

受付で亜美が腹痛を訴えると、看護師は痛む場所を確認してから、少し首をかしげた。

「この辺りの痛みだと、盲腸とは限らないですね。念のため、先に2階の婦人科で診てもらいましょう」

「婦人科……?」

亜美は一瞬体をこわばらせ、表情を曇らせた。

検査を受けてほどなく、亜美が妊娠6週目だと分かった。

けれど、妊娠を告げられても、亜美はほとんど動揺していなかった。

亜美は私を振り返り、何気ない口調で尋ねた。

「沙耶さん、結婚して長いですよね。妊娠したことも、ありますよね?

自分がお母さんになるって分かったとき、どんな気持ちでした?」

答えようとしても、喉の奥が詰まって声にならなかった。

結婚して3年。私は二度、子どもを失っていた。

最初の子を失ったのは、会社を立ち上げたばかりの頃だった。毎日のように営業先を駆け回り、無理が重なって倒れ、そのまま流産した。

その後も、アルコールを受け付けない和也の代わりに接待の席で酒を飲み続けた。胃出血で病院に運ばれたとき、二人目も流産していたことを知らされた。

それをきっかけに体を壊し、体外受精を続けた。何度も注射を打ち、治療を重ねたけれど、それでも妊娠することはなかった。

どこか挑発めいた亜美の表情を見て、何か言おうとした、そのときだった。

廊下の奥から、息を切らした和也が駆けてきた。ネクタイは曲がり、額には汗が浮かんでいた。

「沙耶、どうした?会議の合間に位置情報を見たら、病院にいるって出て、本気で焦ったぞ」

隣にいた亜美が唇を噛み、小さな声を出した。

「和也さん……ごめんなさい。私が沙耶さんを呼んだんです……」

和也は亜美を見るなり、冷たい声で言った。

「具合が悪いからって、勝手に沙耶を呼び出すな。迷惑かけるな」

ところが、亜美は怯む様子もなく、意味ありげに和也を見た。

「ごめんなさい……でも私、体力ないじゃないですか。

この前だって和也さんに、もっと体力つけろって言われたばかりなのに……」

二人は一瞬だけ視線を交わした。

その一瞬で、二人の間にただならぬ親密さがあることを嫌でも察した。

そのとき、和也は亜美が手にしていた検査結果に目を留めた。

「妊娠……?」

亜美は唇を噛み、目に涙を浮かべた。

「和也さん、沙耶さん……ごめんなさい。私……中絶しますから」

亜美は俯いたまま鼻をすすった。

「相手は悪くないんです。私が軽率だっただけで……」

「中絶」と聞いた途端、和也の表情が変わった。

「沙耶、このまま放っておけないだろ。

中絶だって体に負担がかかる。何かあってからじゃ遅い」

和也は私を見て、ため息をついた。

「沙耶なら分かるだろ。妊娠中は何があるか分からないんだから。

まずはちゃんと先生に診てもらおう。必要なら入院させればいい。今はそれが先だ。

せっかく授かった命なんだ。そんな簡単に決めることじゃないだろ」

和也の言葉がひとつひとつ、胸の奥に突き刺さった。

忘れたつもりでいた傷まで、容赦なくえぐり返されるようだった。

私が何も言えずにいる間に、和也はスマホを取り出した。

ほどなくして、私のスマホが震えた。

画面に表示されたのは、2000万円の振込通知だった。

昨日の600万円の3倍を軽く超える額だった。

和也は私の肩を抱き、声を落とした。

「亜美は4年も沙耶が支援してきた相手だろ。こんなときに放っておけないじゃないか。

一人暮らしで頼れる人もいないんだろ?だったら、俺たちが手を貸すしかない」

画面に表示された金額を見つめているうちに、思わず笑いが漏れた。けれど、涙も止まらなかった。

和也は戸惑ったように私を見て、涙を拭おうと手を伸ばした。

「沙耶……」

「……私たちしか頼れないんだ?」

私は顔を上げ、和也を見た。

「もういいよ、和也。芝居はやめて。

その子の父親が誰か、わざわざ私に言わせるの?」

平静に言ったつもりだったが、声は震えていた。

和也の顔色が変わり、伸ばしかけた手が止まった。

「何言ってるんだ……」

亜美がお腹に手を添えるのが目に入り、胸が締めつけられた。

「妊娠6週目なんでしょ。いつ頃できた子かくらい、分かるよね。あの頃、二人ともずいぶん忙しかったみたいだし」

「……自分が何言ってるか分かってるのか?」

和也が一歩詰め寄り、私の手を取ろうとした。

「自分の子じゃないって、本気で言い切れる?」

私は反射的に身を引いた。もう、和也に触れられることさえ嫌だった。

「和也、離婚しよう」

誰もすぐには何も言わなかった。

私は和也の肩を押しのけ、そのまま病院を出た。

外に出て冷たい風に当たったところで、ようやく気づいた。立っているのもやっとなほど、体が震えていた。

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