愛を乞う声は、もう届かない第3話
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1回目の抗がん剤治療を終え、私は鉛のように重い体を引きずりながら病院を後にしようとしていた。
外来ホールのあたりまで歩いてきたところで、一番顔を合わせたくない人物と正面から鉢合わせてしまった。
拓海だ。彼は焦りを露わにして悠里を支えながら、救急外来の方へ向かって歩いていた。
悠里の腕にはガーゼがぐるりと巻かれており、うっすらと血が滲んでいるのが見える。彼女は拓海の腕にすがりつくように寄りかかり、眉をひそめて、いかにも不憫な悲劇のヒロインといった顔をしていた。
「拓海、すごく痛いよ……」彼女は甘ったるい声で訴えかけた。
「大丈夫だ、ただの擦り傷だから。すぐに医者に処置してもらおう」拓海の声は、私に対しては決して向けられることのない、ひどく優しく甘やかすような響きを帯びていた。
その時、彼の視線がふと私に向けられた。
青白くやつれ果てた私の顔と、明らかに入院病棟から出てきたばかりの姿を目にして、彼は一瞬ハッとして立ち止まった。その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ罪悪感がよぎった。
無理もない。つい数日前、電話越しに私を「病気のふりをしている」と激しく詰ったばかりなのだから。
だが、その微かな動揺も、留まる暇さえなく悠里の言葉にあっさりと掻き消された。
「あら、佳奈さん。奇遇ですね、あなたも病院に?」
悠里は今初めて私に気づいたとでもいうように、わざとらしく口元を押さえた。「私、拓海に送ってもらって来たんですけど、佳奈さんもいらしたんですね。もしかして、また胃の調子でも悪くされたんですか?」
彼女の言葉は私を気遣っているように見せかけて、その実、拓海にあることを暗に仄めかしているのだ。
案の定、拓海の顔つきはスッと険しくなり、私に向ける視線は再び氷のように冷たくなった。そこにはあからさまな軽蔑の色さえ混じっている。
「佳奈!」
彼は嘲りに満ちた声で吐き捨てた。「俺に信じさせるために、ずいぶんと手の込んだ芝居を打つじゃないか。タイミングを見計らって、先回りして病院で待ち伏せしていたというわけか?」
私は口を開いて弁明しようとしたが、喉がカラカラに渇ききっていて、何も言葉が出てこなかった。
いったい何を説明すればいいのだろう。芝居なんかじゃない、本当にがんを宣告されたのだと?
それとも、今しがた抗がん剤治療を終えたばかりで、立っていることすらままならないほど弱り切っているのだと?
「ただ胃の調子が悪いだけだろう?医者に薬でも出してもらえば済むものを、わざわざそんな重病人のふりをして見せる必要があるのか?」
彼は眉根を寄せ、私を頭の先から爪先まで値踏みするように見下ろした。「今のその見え透いた姿を見てみろ。白々しい!」
ただ擦りむいただけの悠里を、壊れ物でも扱うかのように大事に庇う彼を見つめる。そして、紙のように青ざめた自身の顔色と、抗がん剤で抜け落ちて薄くなった髪を思い返した。
胃の奥が激しく波打ち、吐き気がこみ上げてきた。抗がん剤の副作用によるものと、何より彼のそのおぞましい態度にひどく胸糞が悪くなったからだ。
私は一言も発することなく、ただ黙ってうつむき、二人の横を通り抜けた。そして一歩、また一歩と、重い足取りで出口へと向かって歩き出した。
背後からは、まだ拓海をなだめる悠里の猫撫で声が聞こえてくるような気がした。
「拓海、怒らないであげて。佳奈さんはただ、あなたのことが好きすぎるだけなのよ……」
好きすぎる、か。
かつては間違いなくそうだった。
けれど今となっては、度重なる冷酷な仕打ちの中で、私の心はとうに完全に冷え切ってしまっていた。
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