愛は氷点下で死んだ第2話
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ジャラリ、と重たい音が響く。紬の手首と足首は、太い鎖でコンクリートの柱に繋がれていた。マイナス二十度の冷気は、薄手のワンピースなど存在しないかのように通り抜け、鋭い針となって骨の髄まで突き刺してくる。
広い冷凍倉庫には、紬の他には何もない。聞こえるのは、どこかで冷却ファンが回る低い音と、カチカチと鳴り止まない自分の歯の音だけ。
紬はガタガタと震える体を極限まで丸め、大きなお腹を抱え込んだ。少しでも、ほんの少しでも体温を伝えて、この子を守らなければならない。
「赤ちゃん、ごめんね……ママが悪いの。こんな目に遭わせて、ごめんね」涙が頬を伝った瞬間、それは小さな氷の粒になって床に落ちた。「でも、大丈夫……絶対に守るから。きっと、助かるから……」
そう自分に言い聞かせるけれど、寒さは貪欲な野獣のように、紬からなけなしの体温を奪っていく。手足の感覚が、少しずつ麻痺し始めていた。
薄れゆく意識の中で、紬は蓮との出会いを思い出していた。あの頃の彼は、確かに紬に冷たかった。けれど、これほど残酷ではなかったはずだ。
政略結婚だった。久我グループの更なる発展のために、紬の実家である水無瀬(みなせ)家の後ろ盾が必要だったのだ。それでも、紬は嬉しかった。学生時代から、ずっと彼に憧れていたから。
愛のない結婚でも、紬が尽くせばいつか振り向いてくれると信じていた。まさか、こんな悪夢が待っているなんて想像もせずに。
紬たちの間には、常に莉奈という「棘」が刺さっていた。彼女は事あるごとに蓮の前で弱々しい姿を見せ、紬が彼女をいじめているかのように振る舞った。蓮は一度たりとも紬の言い分を聞こうとはせず、いつも頭ごなしに紬が悪いと決めつけた。
以前、莉奈が蓮の亡き母の形見である壺を割ったときもそうだった。彼女は自分のミスを隠すために、「紬さんが突き飛ばしたせいで割れた」と泣きついたのだ。あの時、蓮は確認せずに紬の頬を打ち、二日間も部屋に閉じ込めて食事を与えなかった。
そして今回。ただ窓を開けたというだけで、彼は紬と子供を殺そうとしている。
……ギィィ。
その時、重厚な鉄の扉がわずかに開き、一筋の光が差し込んだ。紬は蓮が改心して助けに来てくれたのだと思い、強張った体を無理やり起こして顔を上げた。
けれど、そこに立っていたのは彼ではなかった。
厚手の高級ダウンコートに身を包み、マフラーで完全防備した莉奈が、紬を見下ろしていた。その口元には、勝ち誇ったような歪んだ笑みが浮かんでいる。
「あらあら、紬さん。なんて無様な格好なの」莉奈はわざとらしい驚きの声を上げ、口元に手を当てた。「蓮さんったら、私のことが心配すぎて少しやりすぎちゃったみたい。でも、彼を恨まないであげてね?それだけ私が大切ってことだもん」
紬は彼女の白々しい演技に、内臓が煮えくり返るような怒りを覚えた。全身の力を振り絞り、掠れた声で叫ぶ。「あんた……わざとね!風邪なんて嘘なんでしょう!私をここに閉じ込めるために、蓮さんを騙したのね」
「ひどぉい、紬さんってば」莉奈は傷ついたふりをして、潤んだ瞳を向けてくる。「私はただ、心配で見に来てあげただけなのに。そんな風に言われるなんて……あーあ、せっかく助け船を出そうと思ったのに、帰ろっと」
彼女は踵を返すと、去り際に楽しげな声で言い放った。「ここはとっても寒いから、お腹の赤ちゃんが凍らないように気をつけてね。蓮さんに心配をかけないで」
バタン!
扉が冷たく閉ざされ、再び完全な闇と静寂が戻ってきた。莉奈は紬を助けに来たのではない。苦しむ紬を見て、あざ笑うために来たのだ。
寒さは時間を追うごとに激しさを増していく。やがて、下腹部に鈍い痛みが走り始めた。ズキッ、ズキッ。それは、お腹の中の小さな命が発する、SOSの信号だった。
「いや……だめ、お願い……!」紬は鎖を引きちぎらんばかりに暴れた。けれど、鋼鉄の鎖はびくともしない。
「蓮さん……助けて……っ!私たちの赤ちゃんが……死んじゃう……誰か、助けて……!」喉が裂けるほど叫んでも、その声は分厚い断熱材に吸い込まれ、誰にも届くことはなかった。
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