愛は二度と振り返らない第2話
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颯人の言葉は奈々の心に深く突き刺さり、抜けない棘のように痛みを残した。
朦朧とした意識の中、どれほどの時間が経ったのか分からないまま、鍼治療の治験はようやく終わった。
奈々は青ざめた顔で起き上がり、バッグを手に取って立ち去ろうとした。
だが颯人は彼女の腕をつかんで引き止めた。
「待っていてくれ。昼から従弟の翔太(しょうた)の結婚式に出るんだ」
「わかったわ」
奈々は長椅子に腰を下ろし、真剣に仕事をする颯人の姿をぼんやりと見つめていた。
そして、ふと思い立ったように彼女はスマートフォンを取り出し、録音機能を起動させた。
「今日で颯人と出会って十二年、結婚して七年になる。私が京市を離れ、彼のもとを去るまで、あと十五日。
母が重病になって、私は大学を辞めて食堂でアルバイトを始めた。そこで、いつもおにぎりだけを食べ、無料の味噌汁を飲んでいる颯人に出会った。
彼も私と同じように、厳しい環境の中で必死に生きているんだと、胸が痛んだ。
食堂は毎日大勢の人でごった返していたけれど、私の目には彼しか映らなかった……」
流れるように語っていた声が突然途切れた。
次に何を言うべきか思い出せず、奈々の瞳には戸惑いの色が浮かんでいた。
颯人が私服に着替え、大股でこちらへ歩いてくるのを見て、彼女は慌てて録音を保存し、立ち上がりながら思わず尋ねた。
「お昼、どこで食べるの?」
颯人はぴたりと足を止め、眉をひそめた。
「翔太の結婚式に出ると言っただろう?」
「ごめんなさい、忘れていた……」
奈々の言葉が終わらないうちに、颯人の苛立った声が飛んできた。
「記憶喪失のふりも飽きないな」
彼女は俯き、潤んだ瞳を隠すように呟いた。
「ごめんなさい。もう二度と『忘れた』なんて言わないわ」
二時間後、ホテルの結婚式場。
純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁が、スポットライトを浴びながら、一歩一歩と花婿のもとへ歩み寄っていく。
目の前の幸せそうな光景に、奈々は両手を組み、羨望の眼差しで見つめていた。
花婿花嫁が挨拶に来た時、奈々はグラスを手に取り、心からの祝福を述べた。
「末永くお幸せに。そして早く可愛い赤ちゃんにも恵まれますように」
すると花嫁は口元を手で隠し、くすくす笑いながら颯人に向かって言った。
「お兄さん、お義姉さんともう七年も結婚してるのに、いつ結婚式を挙げてあげるの?
さっき舞台の上にいた時、お義姉さんの熱い視線で鳥肌が立っちゃった。まるで私に嫉妬してるみたいだったわ!」
奈々の心臓が鷲掴みにされたようにきゅっと締め付けられた。
唇を固く結び、人前で声を漏らさないよう必死に耐えた。
颯人は奈々をちらりと見て、淡々と言った。
「お前が面倒じゃないなら、式を挙げてもいい」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、颯人の母である高橋美智子(たかはし みちこ)が厳しい口調でそれを遮った。
「何を言ってるの。
親戚や友人に彼女のことをどう紹介するつもり?両親がいなくて高卒だって?
それとも大学の食堂で配膳のバイトをしていて、颯人と知り合ったって言うの?」
これ以上、どれだけ心を引き裂かれればいいのだろうか。
周囲からくすくす笑う声が聞こえる中、奈々は爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。
かつては彼女も颯人と同じく、全国トップクラスの京市医科大学に合格し、高額の奨学金も得ていたのだ。
しかし、母の重病と高額な医療費のため、奈々は学業も将来も諦めるしかなかった。
自分の全てを投げ打っても、結局、母の命を救うことはできなかった。
奈々の人生は後悔に満ちていた。
だからこそ、颯人のためなら何もかも捧げる覚悟があった。
朝早くから夜遅くまで働いて貯めたお金を、ためらうことなく匿名で颯人に援助し、彼が逆境を乗り越え、立派に成功していく姿を見守ってきたのだ。
「結婚式なんてただの形だけだ。夫婦関係がうまくいっていなければ、結婚式がどんなに華やかでも意味がない」
颯人の言葉に、奈々はこわばった表情で頷いた。
「もう結婚して七年も経つのよ。今さら騒ぐことでもないわ」
まあ、いい。
どうせあと半月もすれば、自分は彼のもとを永遠に去るのだから。
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