和紙文愛の賞味期限 · 第2話設定≡

愛の賞味期限第2話

この話は約2552字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

景介は同意せず、私を深く見つめた。

「お前のお父さんが不倫した時は、堂々と愛人を家に連れ込んでお前の母親に離婚を迫ったじゃないか。俺はあの女をお前の目の前に連れてきて不愉快にさせるようなことはしない。何が受け入れられないんだ?

藤堂夫人の肩書きはお前だけのものだ。自分でもう一度よく考えてみろ」

そう言うと、彼は自分のジャケットを手に取り、ドアを乱暴に閉めて出て行った。

手首にくっきりと残った赤々とした腫れを見て、私はもう胸の奥の酸鼻な痛みに耐えきれず、涙をこぼした。

私が十八歳の年、周囲からは完璧な夫だと思われていた父が不倫をした。

愛人は大きなお腹を抱えて家に乗り込んできて、私の母に離婚して場所を空けるよう迫ったのだ。

普段は母を心から大切にしていた父も愛人の味方をし、母を見る目はかつての愛に満ちたものではなく、ただ嫌悪だけが残っていた。

そのショックからか、母は何があっても絶対に離婚しないと言い張り、自分が離婚しない限りあの女はいつまでもただの愛人で、生まれてくる子どもも私生児のままだと宣言した。

父と愛人はそれに腹を立て、頻繁に家へ押しかけてきては騒動を起こしたが、母は決して首を縦に振らなかった。

近所の人々の目には、私たち家族はすっかり笑い者に映っていた。

この茶番劇は、裁判所の判決が下るまで終わることはなかった。

それ以来、私は愛情というものに期待しなくなった。

私にしてみれば、かつてどれほど愛し合っていた二人でさえ、最後にはお互いの顔も見たくないほどになり、果ては仇敵同士にすらなるのだ。

しかし、景介の存在が私のその考えを変えた。

私たちはお互いにとっての初恋だった。彼が言うには、入学式の日に私が彼のそばを通り過ぎた時、その笑顔が彼の心に焼き付いて離れなくなったのだそうだ。

大学の四年間、彼は私にアプローチし続けた。

周りにどれほど彼に好意を寄せる女子がいようとも、彼の目には私しか映っていなかった。

私が冷たい態度をとり、少しも応えなくても、彼は決して諦めなかった。

ある夜のことだ。私がアルバイト先から上がって寮に帰ろうとしていた時、路地裏で不良グループに囲まれてしまった。

もう逃げられないと覚悟したその時、景介が現れたのだ。

彼は命知らずにもその集団に殴りかかったが、一人では当然のように袋叩きにされるだけだった。

パトカーのサイレンの音が響き渡り、不良たちが慌てて逃げ出すまでそれは続いた。

その後、顔中を青痣で腫れ上がらせた彼を見て、私の心はついに揺れ動いたのだ。

世界には、きっと例外もあるはずだと思った。

そして、景介がその例外なのだと信じたくなったのだ。

今思えば、そんな宝くじに当たるような確率の例外に自分が出会えるなどと、身の程知らずな望みを抱くべきではなかった。

両親の過去を景介に打ち明けた時、彼が私をきつく抱きしめ、ひどく心を痛めた様子で約束してくれたことを覚えている。

「澪、俺は絶対にお前の親父さんみたいな真似はしない。俺の妻はお前だけだ」

結婚してからの数年間、確かに彼はその約束を守っていた。

外での付き合いには必ず私を同伴し、行く先々で私を自分の妻だと紹介した。

出張の時も、必ずビデオ通話で連絡を入れてくれた。

周りの奥様方は皆、私が良い夫を持ったと羨ましがった。

だが、他人の目には理想の愛妻家と映るその男が、外に別の家庭を持ち、二十歳の若い女を囲っていたのだ。

残業だと言っていた彼が、車であるマンションへ向かうのを私が偶然見かけなければ、今でも騙され続けていたことだろう。

それどころか景介の言葉の端々には、私が彼に感謝すべきだとでも言うようなニュアンスすら滲み出ていた。

当時の約束を守り、藤堂夫人としての私の立場を保ち、私を他人の笑い者にしなかったことを感謝しろとでも言うのだろうか?

しかし、私が欲しかったのは藤堂夫人という肩書きなどではない。

そんなもの、ちっともありがたくなかった。

「神崎さん、お腹の赤ちゃんはとても順調に育っています。ずっと体調を整えて妊活をされていましたよね。本当に中絶されるんですか?」

医師の言葉には、隠しきれない無念さが滲んでいた。

モニターに映るその小さな命を見つめると、喉に綿が詰まったように言葉が出なかった。

私は涙が溢れそうになるのを必死に堪え、しっかりと頷いた。

かつて私が心から待ち望んだ小さな命が、ようやく私の元へやって来てくれた。けれど、私はもうこの子に完全な家庭を与えてやることができない。

それに、もうこれ以上、景介と何の関わりも持ちたくなかった。

医師はため息をつき、手術の手配をしてくれた。

想像していたような痛みはなく、ただ長い夢から覚めたような感覚だけがあった。

看護師から注意事項を聞き、薬を受け取って帰ろうとした矢先、思いがけず病院で景介と彼の愛人である橘莉乃(たちばな りの)に鉢合わせた。

景介は私の手にある薬を見ると顔色を曇らせ、一歩前に出て私の手を掴んだ。

「病気になったなら、どうして俺に言わなかったんだ?」

彼の後ろで、景介と指を絡ませて繋ぎ、不満げな顔をしている莉乃を見て、私はただただ皮肉に感じた。

男という生き物は、本当に強欲だ。

新しい刺激を追い求めることを諦められないくせに、長年連れ添った妻を見捨てるという悪名も被りたくないのだ。

外では好き勝手に遊び歩き、家では良き夫を演じ続けようと企んでいる。

今こうして景介の正体に気づけたことだけが幸いだった。でなければ、私の残りの人生は完全に台無しにされていただろう。

景介の手を振りほどこうとしたが、手術を終えたばかりの体はどうしても弱っていた。

景介はこの時、良き夫の役を演じきっており、少しも手を放そうとしなかった。

揉み合っているうちに、私のカルテが床一面に散らばってしまった。

野次馬の中から誰かが私のカルテを拾い上げ、こう言った。

「あら、この人中絶手術を受けたばかりですよ。ゆっくり休ませなきゃダメなんですよ」

景介は全身を硬直させ、信じられない様子で声の主を睨みつけて問い詰めた。

「今、何て言った?」

その女性はわけがわからない様子で、私のカルテを彼に渡した。

「見たところお二人はお知り合いみたいだし、早く旦那さんを呼んであげてください。奥さんに一人で手術を受けさせるなんて、最低ですね」

縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)