愛の賞味期限第3話
この話は約2642字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私は思わず心の中で嘲笑った。
通りすがりの人の目には、景介はただの知り合いに見えるらしい。まさか彼こそがその最低な旦那だとは、誰も想像がつかないだろう。
景介はカルテを受け取り、そこに書かれている文字をしっかりと確認すると、汚い言葉を吐き捨てた。全身から怒りのオーラを放ち、歯を食いしばって問い詰めてきた。
「妊娠してたなら、どうして俺に言わなかった?どうして俺たちの子どもを堕ろしたんだ!」
実は、彼に打ち明けようと思ったことはある。彼が愛人を囲っていると気づいた、まさにその日のことだ。
元々、その夜は残業だと聞いていた。会社へ夜食を届けに行き、ついでにこの吉報を伝えて彼を喜ばせようと思っていたのだ。
ところが会社のビルの下に着いた途端、彼が車で走り去るのを見てしまった。
女の直感というのは恐ろしいほどに当たる。
瞬時に悪い予感が胸をよぎったが、私は必死に、取引先との接待に出かけたのだろうと自分を慰めた。
しかし、もし接待なら、なぜ景介は私に一言も教えてくれなかったのだろうか?
結局、私は彼の後を追うことを選んだ。
そして、彼があるマンションの前に車を停めるまで。
マンションから若い女が駆け下りてきて、彼に向かって一直線に飛びついていくのを、私はこの目で確かめたのだ。
景介も慣れた様子で彼女を抱き寄せ、二人は車の傍で熱い口づけを交わした。
その瞬間、私の心が砕け散る音がはっきりと聞こえた。
景介のプロポーズを承諾した時、私がどれほど喜びに満ちていたかを思えば、彼が愛人を囲っていると知った時の絶望がどれほどのものか分かるだろう。
心からの喜びから絶望のどん底へ落ちるまで、たったの五年しかかからなかった。私たちは七年目の倦怠期すら乗り越えられなかったのだ。
もしそれまで私が景介に対して、一縷の幻想を抱いていたのだとしても。
昨日の彼の一連の言葉は、私を完全に絶望させるのに十分だった。
彼の問い詰めに対し、私は至極冷静に、ただ淡々と「必要ないからよ」とだけ答えた。
景介は怒れる獅子のように、私をじっと睨みつけた。
「俺はお前の夫で、子どもの父親だぞ。どうして教えなかったんだ!
四年前にお前が流産してから、俺がどれだけ子どもを待ち望んでいたか、お前も知っているだろう!」
彼の言葉を聞きながら、私は少しぼんやりとしていた。
四年前、景介は起業したばかりで、毎日地に足がつかないほど忙しく飛び回っていた。
私は彼の力になろうと、会社の色々な役割を引き受け、自分にできることはすべて一人で抱え込み、昼夜逆転の生活を送っていた。
当時の私たちは全財産を起業につぎ込んでおり、時には二人で一杯のカップ麺を分ける時期もあった。
ある日私が倒れて病院へ運ばれ、そこで初めて自分が妊娠していることを知った。そして、子どもは栄養失調で助からなかった。
子どもの存在を知った時にはすでに失われていたせいか、私はただ胸が酷く塞がれるような思いしかしなかった。
しかし景介は無情にも自分を責め立て、目を真っ赤にして私に誓ったのだ。これからは絶対に大きな家に住まわせ、良い暮らしをさせ、俺たちの子どもに最高の環境を作ってやると。
今はもうすべてを手に入れた。子どもだって、もう少しで生まれてくるところだったのに。
しかし、私たち二人の感情は変質してしまった。
「何か言えよ、澪!」
景介の咆哮が、私の意識を現在へと引き戻した。
私は苦労して彼の拘束から逃れ、静かに彼を見つめた。
「私の子どもに、あなたみたいな父親を持ってほしくなかったからよ。私と同じような子ども時代を経験させたくなかったの」
景介は一瞬ハッとし、私がそう答えるとは思っていなかったらしく、顔色を険しくした。
「いいだろう、澪。お前ってやつは本当に大したもんだよ」
そう言い残すと、彼は振り返りもせずに立ち去った。
莉乃も慌てて彼の後を追っていった。
私も彼とこれ以上関わる気はなく、しゃがみ込んでカルテを拾い集め、その場を離れようとした。
周囲の人々は事態がこんな風に展開するとは思っておらず、口々に私を慰め、景介がろくでなしだと非難した。
最初に声を上げた女性が、カルテを拾って私に渡し、心底可哀想だという目で見つめてきた。
「ごめんなさい、彼があなたの旦那さんだとは知らなくて、あんな男、捨てればいいんですよ。あまり落ち込まないで、帰ってしっかり体を休めてください」
私は彼女に感謝の笑みを向けた。
見ず知らずの他人でさえ、私に温もりを与えてくれるというのに。
私にとって一番身近な存在であるはずの景介は、何度も何度も私を傷つけ、心身共にボロボロにするだけだった。
家に帰った後、私は引っ越すことにした。離婚すると決めたからには、一日も早く離れるべきだ。
私は荷造りを始め、この数年間に彼から贈られたものをすべて探し出した。
彼の言う通り、この数年間、私への愛情表現に一切の出し惜しみはなかった。
シーズンごとのジュエリー、新作のバッグ。私に不足していたものは何一つない。
だが、彼が囲っているあの愛人にも同じようにプレゼントしていたのかと思うと、やはり吐き気がした。
これらの品々をこれからも使い続けることなど絶対に不可能だと思い、すべて売り払うことにした。
すぐに出張買取業者を呼び、彼らが一つ一つ丁寧に梱包していくのを見守った。
その時、一人の作業員が不意に一冊のアルバムを持ち上げて尋ねた。
「神崎さん、このアルバムはまだ必要ですか?」
そのアルバムを見て、私は呆然とした。分厚いその一冊は、私と景介のツーショット写真で埋め尽くされている。
景介が私を好きになった時から、彼はカメラを手に、私のすべてを記録し始めていたのだ。
最初は私一人の写真ばかりだった。本を読んでいる写真、走っている写真、授業を受けている写真……
やがて私たちが交際を始めてから、それは二人の写真へと変わっていった。
私は思わず、写真の中の二人の晴れやかな笑顔を撫でた。
否定はできない。私と景介は、心から愛し合っていた。
彼がかつて私に向けた真実の愛を疑ったことなど一度もない。この分厚いアルバムが、すべてを物語っている。
だが、その愛はあまりにも短すぎた。
私はそのアルバムを作業員の手に戻した。
「もういりません。処分してください」
物も、人も、すべて同じことだ。
私はこの無類に温かかった家が次第に空っぽになり、私のものが一つ一つ減っていくのを見つめていた。
かつてはここが一生私の身を守ってくれる場所だと思っていたが、今となってはただの幻に過ぎなかったのだ。
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