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愛の残響第2話

この話は約2130字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

翌朝、空がまだ薄暗い頃、聡真は家を出た。

私の隣に誰がいるかなど、もうどうでもよかった。淡々と荷物をまとめ、渡航の準備を進める。

「羽純、いつこっちに来る?」

電話の向こうから聞こえる兄の声は、荒んだ心をそっと包み込むようだった。

「一週間後」声は穏やかだったが、そこには揺るぎない決意が宿っていた。

軽く言葉を交わし、私は電話を切る。

そして振り返ったその瞬間、息が止まりそうになった。扉の前に立つ聡真。

心臓が凍りつくような感覚を覚えながらも、私は何も知らぬふりをして椅子に腰を下ろした。

「羽純?」低く、慎重な声。

私は手をそっと伸ばし、探るように空を撫でる。「聡真?帰ってきたの?」

彼は短く「ああ」と答え、私のスマホを手に取る。

その指が、画面に映る通話履歴の名前の上で止まった。

「兄さんと連絡を取ったのか?」彼の声が、一段低くなる。

かつて、兄が私をM国へ連れて行こうとした時、聡真は必死に私を引き止めた。

私の治療よりも、そばにいることを選んでほしいと、何度も何度も懇願した。そして私は彼の言葉を信じ、ここに残った。

だからこそ、彼は今でも、私と兄が繋がることを極端に嫌っていた。

私は静かに微笑み、落ち着いた声で答える。「うん、兄が私のことを心配して連絡してきたの。ただ、それだけよ」

聡真は一瞬じっと私の顔を見つめ、疑念を探るようだった。だが、私の表情に何の違和感も見つけられなかったのか、やがて小さく息をついた。

そして、ふいに扉の向こうへと声をかける。「入ってこい」

その言葉とともに、美咲が不満げに唇を尖らせて部屋へ入ってきた。

「羽純、きみのために新しい家政婦を雇った。

俺がいない間、この人が身の回りの世話をする」

前田さんという家政婦がいた。

二年間、何の問題もなく仕えてくれた前田さんを、彼は二日前に突然解雇した。

理由は「料理が口に合わない」

「たったそれだけの理由で?」驚いたが、何も言わなかった。

今になって思えば、それはただの口実だったのだとわかる。彼は、この女を家に入れるために、すべてを準備していたのだ。

聡真が軽く顎をしゃくると、美咲は満足げに微笑み、私の方へ一歩踏み出した。

「奥様、ご安心くださいね。私、目の不自由な方のお世話には慣れてますので……」

瞬間、空気が張り詰める。彼女は言葉を言い終わる前に、聡真の冷たい視線を受け、慌てて口をつぐんだ。

「あなたが決めたことなら、それでいいわ」淡々と告げると、私はゆっくりと欠伸をかみ殺す。

「少し疲れたから、休むわ……」

言い終わらぬうちに、聡真は「じゃあ行こう」と言い、美咲を連れ出した。

彼女が挑発的に彼の手を握るのが見えた。

彼は、一瞬、私を見た。しかし何も言わず、彼女の腰を抱きながら部屋を出ていった。

胸が、痛む。思い出したくもない光景が、脳裏に焼き付いて離れない。

気づけば、私は意識を手放していた。

目を覚ました私は、そっと廊下へ足を踏み出す。

そして、目にしたのは——メイド服を着た美咲が、四つん這いで床を磨く姿。彼女は腰をくねらせながら、聡真の足元に体を寄せる。

ソファに座る聡真は、手にした書類を見つめながらも、その視線はまったく動かない。むしろ、彼女の胸元をじっと見つめ、喉を鳴らしている。

この光景は、すでに日常になっていた。

聡真が会社へ行くと、彼女はすぐに態度を変える。

私の歩く廊下にわざと物を置き、転ばせる。

私の悲鳴を聞いてから、わざとゆっくりと歩み寄り、鼻で笑いながら言った。

「まあ、大変!奥様って目が見えなかったんですものね?」

わざとらしく謝りながらも、瞳には嘲笑が浮かんでいた。私は拳に力を込めた。

今は、まだ時ではない。

聡真が帰宅すると、彼女は再び気配りのある態度を見せ、私にお茶を持ってきたり、食事を運んだり、世話をしてくれた。

だが、彼女の行為は日を追うごとにエスカレートしていった。

そして、その夜——

聡真が私の手を引いて寝室へ入ろうとした時。

ベッドの上には、私のナイトガウンをまとった美咲がいた。

スカートの裾はあらわに短く、白い肌がちらつく。聡真はその姿を見た途端、喉を鳴らした。

彼は軽く咳払いをして、私を浴室へ連れていった。「……ちょっと散らかってるな。片付けてくる。

羽純、お前は先に洗面所で支度してくれ」

慌ただしく扉を閉める。

だが、私の耳には、扉の向こうの声がはっきりと届いていた。

「正気か?ここは羽純と俺の部屋だぞ」

美咲は軽く彼を押しのけ、彼の上に乗って甘えた声で言った。

「赤ちゃんがね、パパが恋しいって言ってるの」

私は、ゆっくりと洗面所の扉を押し開けた。

その瞬間、二人の体がビクリと震える。

私は微笑みながら、首を傾げる。「どうしたの、あなた?

……さっき、家政婦の声が聞こえた気がしたのだけど?」

聡真は、飛び跳ねるように立ち上がり、慌てて美咲を突き飛ばす。彼女はバランスを崩し、ベッドの隅へと転がった。

「な、何でもない……

家政婦が掃除してただけだ……」

そう言うと、彼はそばにいる人を引っ張って押し出した。

私は、その光景をただ黙って見つめていた。

なぜか、胸が少し痛むような気がした。

テレビドラマのように、彼らの醜い顔をかっこよく暴露できると思っていたのに、

今ではただ淡々と「うん」と言うだけだった。

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