愛の残響第3話
この話は約1664字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
聡真が、これほどまでに動揺した顔を見せたのは私たちの結婚式。
少年のように情熱的な愛を語り、「永遠に誓う」と響かせた誓いの言葉は、どんな雷鳴よりも力強かった。
私が事故で視力を失った時も、彼は私のそばに寄り添い、ひとつひとつ、何もかも手を尽くして世話をしてくれた。
私は信じて疑わなかった。私たちは、この先もずっと愛し合っていくのだと。
だが、美しい夢は、いつか覚める。
静かな間を置いて、聡真は慎重に口を開いた。
「羽純……今年の結婚記念日、ちゃんとお祝いしよう?」
いいだろうと思った。この宴を、私たちの結婚生活の終止符にしよう。
私が頷くと、聡真は安堵したように、心からの笑顔を見せた。
その日から数日間、静かで何の変哲もない日常が続いた。
聡真は、朝早くから夜遅くまで記念日パーティーの準備に奔走し、
屋上の宴会場を手配し、食材は当日に空輸するほどの徹底ぶりだった。
だが、喜ぶ者がいれば、不機嫌になる者もいる。
宴の準備が始まった日から、美咲の顔に笑みは消えた。
そして、迎えた宴の日。
桜里町の名士たちが集まり、華やかな音楽とともに夜が更けていく。
会場の巨大スクリーンには、次々と写真が映し出される。その下には、白い文字が浮かぶ——
「妻よ、愛している。俺たちは永遠に離れない」
聡真は、お客さんと談笑し、私は静かに会場の隅で立ち尽くしていた。
何人かの奥様が私に話しかけてくる。
「奥さん、本当にお幸せね」
「ええ、桐生さんほど誠実で一途な人はいないわ。結婚記念日まで自ら企画して、奥様を喜ばせようとするなんて」
私は礼儀正しく笑顔を見せるが、口を開くことはなかった。
彼女たちはすぐに飽きた。退屈そうに私を後にし、三々五々と集まり、酒の香りに紛れさせながら、ヒソヒソと話し始める。
「何が『真実の愛』よ。白々しい」
「所詮は盲目の女。いいように弄ばれてるだけよ」
「まさか、この宴が自分のために開かれたなんて本気で思ってないわよね?」
すべて聞こえていた。
かつてなら胸を引き裂かれるような痛みを覚えたはずなのに、今は驚くほど心は静かだった。
「桐生さんが用意した花火ショーが始まるぞ!」
誰かの声が響いた瞬間、会場の人々は一斉にバルコニーへ押し寄せた。
私はその波に押し流され、舞台の近くへと追いやられた。
そして、混乱の中で、バランスを崩した。
ドンッ。強い衝撃が背中に走り、私は床に倒れ込み、鋭い痛みに思わず息を呑んだ。
その時——
スクリーンの映像が、突然切り替わった。流れる字幕が変わり、画面いっぱいに広がるのは美咲の写真。
そこに映る文字——「ベービー、お前の誕生を心から祝うよ」
そういうことか。
この宴が、最初から私のためのものではなかった理由が、ようやく理解できた。
そもそも、視力が不自由な私に、なぜ花火ショーを用意する必要がある?
見ることができる者のために開かれた宴だからだ。
私はすでに視力を取り戻していたが、押し寄せる人波の中で、立ち上がることさえ叶わなかった。
いくら力を込めても、踏みつけられ、ただ這いつくばるしかなかった。
それでも、私は顔を上げた。そして、見た。
美咲が、聡真の肩に甘えるように寄り添い、
空に広がる鮮やかな花火を、二人で眺めている姿を。
「ベービー、愛している」
心が、引き裂かれるように痛む。
それが、心の痛みなのか、身体の痛みなのかもわからなかった。
私はついに、意識を手放した。
目を覚ました時、鼻を突くのは消毒液の匂い。
ぼやけた視界が、ゆっくりと鮮明になっていく。痛みに耐えながら息を吸い込み、全身を貫く鈍い痛みに、思わず顔を歪めた。
だが、その痛みよりも恐ろしかったのは廊下で交わされる会話。
「桐生さん、奥様の脳内の血腫が徐々に消えてきています。視力が回復する可能性が高いですね」
普通なら、喜びの声が上がるはずだった。だが、響いたのは怒号だった。
「ふざけるな……!!」
「最初にお前は何て言った!?
俺は言われた通りに毎日、補血剤を与えて、血腫を大きくし続けたんだぞ?視神経を圧迫させて、完全に失明させるために……!!」
——すべてが、聞こえてしまった。
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