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悦びは、旧い恋のためにあらず第3話

この話は約1480字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

「でも、今日はコンサートに連れて行ってくれるって約束したじゃない。彼女が危ない目に遭ったなら、どうして警察に……」

「夕部悦子!」

和光は眉間に深い皺を寄せ、冷ややかな視線を私に向けた。

「コンサートと人の命、どっちが大切なんだ?

彼女とはもう何もないって言ってるだろう。いつまでしつこく問い詰めるつもりだ?」

私は激しい衝撃を受け、呆然とした。

帰りの車中、二度と会話が交わされることはなく、車内には息が詰まるような沈黙が漂っている。

ガレージに車が停まると、和光はシートベルトを外し、ダッシュボードから綺麗な小箱を取り出した。

中には、私が以前から欲しかったデザインのネックレスが入っている。

彼はそれを私の首にかけてから、優しく手を握り、静かな声で言った。

「すまない、悦子。さっきは……言い過ぎた。

ただ、一度引き受けた案件は最後まで責任を持つ。それが弁護士としてのプライドなんだ。

だから、いい子にして。もうわがままを言わないでくれるかな?」

私は何も答えられなかった。

頭の中がひどく混乱している。

けれど、この恋を今すぐ手放すこともできない。

和光は五年間、私を愛してくれた。

けれども、私は十年間も彼を愛し続けてきたのだ。

何事もなければ、今月末に両家の顔合わせを行い、婚約を整える予定だった。

車を降りた直後、お腹に鋭い痛みが走った。

異変に気づいた和光は、すぐに私を病院へ連れて行った。

道中、彼は絶え間なく私を慰め続けてくれた。

「悦子、怖がらないで。俺がついてるから」

「悦子、もう少しの辛抱だ。すぐに着くから……」

検査結果を待つ間、和光は廊下の角へ電話をしに行った。

私は一瞬ためらったが、そっと彼の後を追った。

彼の表情は厳しいが、声はとても優しい。

「決定的な証拠はこちらに揃っている。あいつが逆転できるはずがない。だから葵、怖がらなくていいんだ。

まずは病院へ行って、顔の傷を処置してもらおう。跡が残らないように」

ふと、彼との出会いを思い出した。私をからかっていた先輩を、彼が厳しく叱ってくれたあの時のことを。

彼は私に飴を差し出し、微笑みながら言った。

「俺は法学部の二木和光だ。もしまた誰かにいじめられたら、俺のところにおいで」

当時、私を惹きつけたのは、彼の本質に宿る正義感と親しみやすさだった。

私は心の中で自分に言い聞かせた。もっと彼を信じるべきだと。

待合室に戻ると、ちょうど医師に名前を呼ばれた。

「妊娠四週目です。胎児は健康です。おめでとうございます」

お腹に手を当てると、不思議な感覚が湧き上がってきた。

思わず、一刻も早くこの知らせを和光に伝えたいと思った。

けれど、外に出ても彼の姿はどこにも見当たらない。

ふと振り返ると、廊下のテレビでニュースが流れている。

路上で妻に暴力を振るっていた男が、居合わせた男性に制止されたという内容だ。

画面には、地面に倒れ込んでいる一人の男。

そしてその傍らにいるのは、先から探している和光だ。

彼の服は乱れており、口元には誰かと殴り合ったような傷跡が残っている。

そして、その腕の中にいるのは、狂ったように泣きじゃくる葵だ。

二人は地面に膝をつき、強く固く抱き合っている。

医師が呼びかけに来た。

「ご家族の方はいらっしゃいますか?まだサインを済ませていません」

私は震える手で和光に電話をかけた。

プルルル……プルルル……

出ない。

もう一度。

何度も、何度も。

まるで、諦めるための答えを確かめるかのように繰り返した。

十回目にして、ようやく電話がつながった。

「もしもし、和光。私、子供が……」

「夕部さん、私だよ。小賀坂葵」

受話器の向こうから、葵の泣き声が響いてきた。

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