思い出の中にだけ、いてほしい第2話
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そして少し間をあけて、私は続けた。「それより今すぐ、ここから出て行って。あなたの顔なんか見たくない」
そう言われ、竜也は呆然とした顔で、その場に立ち尽くしていた。
口をパクパクさせたけど、声は出なかったようだ。
結局、竜也はそのまま背を向けて去っていき、白衣の裾が廊下の奥に消えて、足音もだんだん遠くなっていくのだった。
それを見届け、私はまた手術室のランプに視線を戻したあと、もう一度、睦月のインスタを開いた。
すると、写真には手がくっきりと写っていて、その薬指には私が贈った指輪がはめられていたのが目に入った。
私はスマホを置いて、この冷たい廊下で、自分にこう言い聞かせた。
この瞬間から、頼れるのはもう自分自身だけなんだ。
父が一般病棟に移った次の日、竜也が急に有給休暇を取った。
彼は父のベッドに付きっきりで、いつもメスを握ってきたその手も、この時だけは信じられないくらい優しさを込めて父の体を拭いてあげたり、りんごを剥いてあげたりしていたのだった。
そこへ薬を替えに来た看護師が、私たちを見てうらやましそうに言った。「奥さん、旦那さんは本当に優しいですね」
それを聞いて、私は口の端を少しだけ上げたが、何も答えなかった。
父が目を覚ますと、竜也はすぐにその手を握って、目を赤くしながら言った。「お父さん、申し訳なかった。あの日は忙しくて駆けつけられなくて……絢香がまだ怒っていて、口もきいてくれないんだ」
そして、竜也は一旦言葉を止めたあと、さらに声を詰まらせながら続けた。「でも、俺には絢香が必要なんだ。お父さんも」
すると、父は弱々しく私の方を向いて、責めるような目で言った。「絢香、竜也は人の命を救う大事な仕事をしてるんだ。わがままを言うもんじゃない。夫婦喧嘩もほどほどにしておけ」
父の憔悴しきった顔を見ると、私は一瞬声を詰まらせた。
「分かったわ、お父さん」
すると、竜也の目に、してやったりという光が浮かんだのが見えたので、私はとっさに顔をそむけた。
それから、父が眠ると、竜也が近寄ってきて私の手を握ろうとした。
私は身をかわして避けた。「私たちのいざこざで、お父さんに迷惑をかけるのはやめて。演技が上手なのは分かったけど、私にはもう通用しないから」
すると、竜也の伸ばした手は空中で固まり、気まずそうな顔になった。
一方で、私は立ち上がって、窓のそばへ歩いていった。
母が早くに亡くなったあと、父は、私に寂しい思いをさせないようにって、再婚もせずに男手一つで育ててくれたんだ。
私にとって、父は何よりも大切な存在だ。
なのに、父が死にかけている時に、竜也はそばにいなかった。これだけは、絶対に許せないことだった。
だが、午後になって、私は急にクラっとめまいがした。
下腹部がずしりと重くなって、何かに引っ張られるみたいに痛んだ。
壁に手をついてなんとか立つと、竜也が水を汲みに行った隙に、一人で階段を下りて産婦人科へ向かった。
医者は検査結果を見ながら顔を上げて言った。「妊娠6週ですね。ただ、ちょっと不安定で、流産の兆候があります」
そして、医者は真剣な声で続けた。「絶対に安静にして、これ以上ストレスをかけないようにしてください」
それを聞いて、医者から薄っぺらいエコー写真を受け取ると、私の指は震えていた。
6週。
日付を数えてみたら、あの夜だった。竜也が出張から帰ってきて、久しぶりに二人で過ごした、あの夜。
あの時の私はまだ、睦月のことなんて知らなかった。ただ私たち夫婦には会話が足りないだけなんだって、バカみたいに思っていた。
そう思いながら、廊下のベンチに座って、エコー写真に写った小さな黒い点をじっと見つめた。
あんなに子どもを授かりたかったのに。そのために、どれほど妊活を頑張ってきたか。
それなのに、よりによってすべてを終わらせようと決めた今、待望の子供がやってきたのだ。
そう想いを巡らせていると、廊下の向こうから、竜也が水筒を持って歩いてきた。そして、私を見かけると、彼は少し足を止めた。
一方で、私も彼に気づくと、すぐにエコー写真をバッグに突っ込んで、立ち上がった。
「お父さん、起きた?」
「まだ寝てるよ」竜也は私を見て言った。「顔色が悪いぞ。診てもらったらどうだ?」
「平気よ」
私は竜也の横を通り過ぎた。ふと、彼から消毒液の匂いがした。
かつては安心できたこの匂いが、今ではただ鼻につくように思えた。
病室に戻っても、父はまだ眠っていた。
付き添い用の椅子に座り、私は無意識にお腹に手を当てていた。
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