忘れた恋、届かぬ手のひらの君第2話
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麻里奈も甘えるような声を上げた。
「昨日の夜だけじゃ足りないの?少しは休ませてよぉ」
わざと私に聞かせるように、その声には濃密な情欲が滲んでいる。
私の目の前で繰り広げられる二人のやり取りは、聞くに堪えないものになっていった。
心が、冷たく凍りついていく。
かつてこの小説の世界に入り込み、運命の悪戯で修平と愛し合うようになった私。
本来のストーリーでは、修平は最後に鬱病で死ぬ運命だった。
その結末を書き換えたかった。
だから、彼にすべてを尽くした。
そうして私たちは5年間、愛し合った。
この幸せが永遠に続くと信じていた。
けれど、麻里奈が帰国してから、修平は人が変わってしまった。
家に帰らなくなり、私を気遣うこともなくなった。
ついには麻里奈の言葉を信じ込み、彼女の体のために私の心臓の血を求め始めた。
彼が罪悪感を抱くと思っていたが、あろうことか私の治癒能力の秘密を知られてしまった。
それ以来、彼の要求はエスカレートする一方だった。
5年の愛も、結局は彼の「想い人」には敵わなかった。
失明したと知っても、修平には微塵の罪悪感もない。
平然と私の目の前で麻里奈と愛を囁き合っている。
彼らの声を聞いていると、万本の矢で心を射抜かれたようで、息をするのも苦しい。
私は手探りで石を掴み、力任せに投げつけた。
麻里奈が悲鳴を上げ、修平がすぐさま彼女を庇う。
「麻里奈が心配してくれているのに、暴力を振るうのか!
お前はいつからそんなに性格がねじ曲がってしまったんだ?」
私は力なく笑った。
「変わってしまったのは、本当に私の方?」
修平は口を開き、何か反論しようとしたが、結局吐き捨てたのはこんな言葉だった。
「この最低な女!自分の胸に手を当ててよく考えろ!」
「最低な女」という言葉に、私はその場で凍りついた。
何も言い返せなかった。
ただ、かつて私を背中に庇ってくれた少年を思い出していた。
少年は振り返り、満面の笑みでこう言ったものだ。
「俺の知尋は、世界で一番素敵な女の子だ」
修平は麻里奈を抱き寄せ、背を向けて去っていった。
花畑に取り残された私は、這うようにして起き上がろうとするが、傷口が開き、血が滲む。
ボロボロの体を引きずり、病室へと向かう。
階段の踊り場に差しかかった時、聞き覚えのある声がした。
「父さん、麻里奈が100回目の心臓の血を受け取ったら、彼女と結婚するよ」
修平が実家に電話をかけている。
私は足を止め、静かに耳を澄ませた。
「麻里奈には借りがありすぎる。残りの人生をかけて償いたいんだ」
口元に苦い笑みが浮かぶ。
麻里奈の体が良くなったら私と結婚する、と彼は言っていたはずだ。
結局、彼は最初から私と結婚する気などなかった。
垂れた手が微かに震え、心臓がズキズキと痛み始める。
そうか、だから私を騙したのか。
痛みを感じる心臓なんて、麻里奈には釣り合わないものね。
自嘲気味に笑い、立ち去ろうとした瞬間、左足を踏み外して転倒してしまった。
音に気づいた修平が、勢いよく振り返る。
「誰だ?」
説明しようと口を開いた瞬間、黒ずんだ血がゴボリと溢れ出した。
修平は眉をひそめ、ティッシュでそれを拭う。
背中を優しく叩き、苦痛を和らげようとしてくれる。
「今回の拒絶反応は、どうしてこんなに酷いんだ?」
彼の表情には焦りが見えた。
私は答える余裕もなく、ただ大量の血を吐き続けた。
修平の顔色がみるみる青ざめていく。彼は立ち上がり、医者を呼ぼうとした。
この数日間で、私に見せた初めての気遣い。
私は彼を引き止め、首を横に振った。
そして、試すように問いかけた。
「修平。もし麻里奈には別の目的があるって言ったら、信じてくれる?」
修平の瞳が冷たく凍りつき、私から距離を取った。
声色も一気に温度を失う。
「知尋、お前が可哀想なフリをしていたのは、麻里奈を陥れるためだったのか?」
私は笑って、彼の手を離した。
分かっていた。修平は私を信じない。
そこへ麻里奈が入ってきた。彼女は私の首元を指差した。
「知尋さん、その首飾り、とっても綺麗ね」
私は首にかけていたお守りに触れ、引きちぎるようにして外した。
「好きなら、あげるわ」
これは昔、修平が私のために999段の石段を登って手に入れてくれたお守りだ。
あの時、私は病弱で、どんな治療も効果がなかった。
東の山奥にあるお寺が霊験あらたかだと聞きつけ、彼は私のためにこのお守りを求めに行ったのだ。
その際、彼は山から転落して怪我をした。
私は病院で三日三晩泣き続けた。
目を覚ました彼が最初にしたことは、自分の手で私にお守りをかけてくれることだった。
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